蜀犬 日に吠ゆ

1919-03-13

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眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 「あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない」(申命記六の四・五)。これに対しあなたが、「はい、主よ、わたしはただあなたの恵みによってそうすることができます。あなたとわたしの間には、もはや何もさえぎるものがなく、わたしにはこれ以上のよろこびはありません」と、言うことができるなら、あなたはすでに人生の目的を達したのである。

 なおそのあとも、神が、もはやなんの目的もないこの人生からあなたを召さないなら、それは、あなたがまだ神に従う生活の可能性とその成果とをほかの人たちに手本として示しながら、生活するためである(ただそれを口で教えるだけではない。このためなら他にたくさん人がいる)。

 しかし「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ。」(マタイによる福音書二二の三九)――先のいましめに、キリストはこのいましめをつけ加えられた。あなた自身より多く愛するのではなく、また神を愛するとひとしく、でもない。隣人を神と同列に、まして神の上に、おいてはならない、たとえば、いわゆる理想主義的な、感情におぼれた多くの伝記などで、そういう書き方をしているように。そのようなやり方は、良くあるようにたんなる言葉の綾でないとすれば、むしろ病的と言ってもよいもので、決して人を真実の生活へ導くものではなくて、かえって自他双方をそこなう結果となる。

 人びとがあなたを愛するかどうかは、あなたの内的進歩にとっては、本来全くどうでもよいことだ。だからあなたは、それを熱心に求めてはならない。けれども、もしそれがあなたのために有益ならば、あるいは人間的な弱さのゆえにあなたに必要ならば、それだけに人間の愛があなたに注がれるように、神が計らってくださるであろう。

 しかしこのような愛と、名誉とを混同してはならない。このことについては、ヨハネによる福音書五の四四の、主の明白な言葉がきわめて厳しくあてはまる。あなたがかような名誉を断念して、それを神のみ手に委ねることができるならば、それはあなたと世間とをわかつ最も大きな区別とさえなるのである。

 一体、神はいかなる価値と成果とをあなたの人生に与え給うのであろうか。「わたしの恵みはあなたに対して十分である」(コリン人への第二の手紙一二の九)。この恵みこそ、それらにまさるものであり、およそ神のあらゆる賜物のうち最上のものである。

 この恵みは、私たちが持つような愛ではなく、この人生の勝利賞であり、授けられたものであるが、しかも私たちによって達成され、戦いとられたものである。

 ヨハネによる福音書一一の四二、同胞教会讃美歌二八二番、七三二番。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫