蜀犬 日に吠ゆ

1919-04-05

[][]四月五日 すべての苦難におけるよき慰め はてなブックマーク - 四月五日 すべての苦難におけるよき慰め - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

  まことにわれらの救い主イエス・キリストは、

  われらの苦難をにない給うた。

  病めるもののこころを知り給うゆえ、

  なにびとも気落ちしてはならない。


 これは本当であり、そしてすべての苦難におけるよき慰めである。苦難に臨んだとき、キリストは実際、彼みずからが己れについて語った通りのものであることが分った。すなわち、彼は並みはずれたお方であって、その「本性」は決して「説明しえない」ことである。ルカによる福音書一〇の二二*1。ところで、もしキリストがただ二千年前に生きて死んだひとりの気高い人間にすぎないのなら、たしかに幾つかの立派な生活原理をわれわれに残しはしたが、しかし彼はそれらの原理を(当時といくぶん異なる環境のもとで)守ってゆく力とか、また、彼の教えのために同じようにこの世との争いに陥ったときの彼の慰めを、われわれに与えることはできないにちがいない。これからみても、純理的なユニテリアン主義には、人間がその必要を感じて宗教に求めざるをえないもの、つまり超自然的な力と助けとがつねに欠けているのである。マタイによる福音書一一の二八―三〇*2

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「すべての事は父から私に任せられています。そして、子がだれであるかは、父のほか知っている者はありません。また父がだれであるかは、子と、父をあらわそうとして子が選んだ者とのほか、だれも知っている者はありません。」

*2:「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」