蜀犬 日に吠ゆ

1919-04-23

[][]四月二十三日 神のすべてのしもべたちが はてなブックマーク - 四月二十三日 神のすべてのしもべたちが - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 詩篇八九の三八から終りまでは、神のすべてのしもべたちが、その生涯に少なくとも一度か数度、味わわねばならぬ経験であり、またこれは、預言者がその郷里では敬われない、という救世主の言葉とも一致している(マタイによる福音書一三の五七)。

 この言葉は、世に敬われるものは預言者でないという、その言外の結論において、とくに怖るべきものとなる。これによって、どんなに多くの新聞の称讃やあらゆる種類の名誉表彰などが一度に下落することであろう。一方、ほどほどの値打しかない多くのいわゆる生涯の事業や功績も、おそらくそれと同じであろう。

 しかし、われわれは聖書の言葉から、論理的に可能な結論なら、必ずしもどんなものでも引き出してよいのではない。また、およそすべての事柄において、ことにある人物について判断を下そうとする場合(平素われわれはいとも手軽に判断を下しては、あとでまた改めねばならぬことが多いが)、やはり真理の霊にたよるのが最もよい。じっさい、真理の霊のほかには、あらゆる人間について真実を正確に知っているものはないからである。ヨハネによる福音書一四の一七。

 すべての事物について、初めにさまざまの、その時かぎりの判定を下し、いつでも、たちまちそれに熱狂するかと思えばたちまちそれを放り出し、そればかりか、前にはやたらに買被ったものにすっかり背を向ける――このような態度が現代の学校の生み出す主我的な、信頼のおけぬ世代の典型的特徴である。

 あなたは彼らを信用しない方がよい。ことに彼らが集団的に「青年}だの「新しい流派」だの、「進歩」だの「未来」などと称して登場し、古いものをことごとく嘲笑する場合は、なおさらそうである。彼らはたいてい、それ以上に能のない人間なのだ。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫