蜀犬 日に吠ゆ

1919-05-16

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眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 人々が巡礼することになっている聖地は、そこでだれかがなにか信仰上の強い感銘を受けた場所とか、さらに神の召しを受けた所である。そういう場所は必ずしも教会とはかぎらない。同じようにしばしば家の中の部屋や野や森や山の上でさえもある――。そこで、このような所である人が神に接するということは、元来つねに個人的なものであるのに、そのような場所が多くの人たちにもはっきりした効験をあらわすように思われると、後世の人びとは、そこに一つの教会堂を建てたりするが、その場所はもとより神の霊を縛りつける力などあるわけがない。あるいはまた、このように神へ接近した人の抜け殻(その人の遺骸)の上に教会堂を造ったりするが、あたかもそれは、脱ぎすてられた生前の衣服と同じく、神の接近とはなんのかかわりもない。なにかを尊崇したいという要求は、たしかに人間の本性にそなわっている。しかし、偶像を拝することは、真の敬神よりもはるかに容易である。なぜなら、真の敬神とはある精神的内容を把握して、それに倣おうとして積極的に努力することだからである。従って、崇拝者たちはほかにもっと自分に都合のよい崇拝の対象を発見するとか、それとも、崇拝される者が彼らに十分な感化力を持たない場合には、彼らはたやすく背教者や反逆者になりかねない。すべての宗教の創始者は、ほどよく早目に世を去らなかった場合、つねにそのような目にあってきた。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫