蜀犬 日に吠ゆ

1919-05-18

[][]五月十八日 国家的政策によって、なんらかのよい成果が はてなブックマーク - 五月十八日 国家的政策によって、なんらかのよい成果が - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 エレン・ケイ流の「啓蒙」運動によって、あるいは社会主義者やポーランド人やローマ教皇党員に対する国家的政策によって、なんらかのよい成果が挙げられるなどと、信じてはいけない。上流階級の人びとは、もう一度、単なる美的生活の享楽から離れなければならない。しばしば引用されるゲーテの言葉「学問や芸術を有する者は、宗教をも有するものだ」という考えに従えば、美的生活の享楽が彼らの宗教となってしまったのである。とにかく、下層階級の人にはもう一度信仰が与えられねばならない。けれども、このことは、ただ多くの人の個人的努力により、また真の正しい宗教によってしか実現されない。だが、実際には、おそらくまた不幸を通じて実現されることになろう。というのは、経験上から見ても、このような、より全般的な、最も分かりよい実地の教訓がなければ、単に説教や講演だけで、社会が改善されたためしがないからだ。上からの模範と不幸な出来事とが、民衆にとっては一番効果のある教育手段である。だから、私の考えによれば、プロテスタント教会を改革して従前よりもはるかによいものとすることに、すべての努力が向けられねばならない。これは可能なことであり、そしてそれが革新の中核をなすであろう。なぜなら、世の人びとは現在たしかに宗教に帰りたいと願っているからである。それには、国家の力や社会政策だけでは不十分であり、それいこれらも宗教なしでは正しい基礎を欠くことになる。学問や芸術は、それが本物であれば、よいものにちがいないが、しかしどんな場合にも、宗教に代わりうるものではない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫