蜀犬 日に吠ゆ

1919-05-20

[][]五月二十日 一般にキリスト教的愛と呼ばれているものは はてなブックマーク - 五月二十日 一般にキリスト教的愛と呼ばれているものは - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 一般に「キリスト教的愛」と呼ばれているものは、今日では明らかに多くの人たちにおいていくらか「冷え」かかっている。根本的にいえば、本当はもはやほとんど以前のように大規模には存在しないといえる。そのことを知るには、ただちょっと教会に出かけて行って、同じ教派に属する人びとがどんなに冷淡に並んで坐っているか、また、彼らは長年の間同じ土地に住みながらも、全く互いに知らないかを、見るだけでよい。さらに、教会によって設立され援助されてきた諸施設が、ほとんど全部欠損と財政難に悩んでいる事実が、このことを雄弁に証明している。ところが救世軍の方は、その莫大な経費に対して、いたるところで、しかも組織的な教会などもなしに、資金を集めている。これは救世軍を支持しようとする傾向が一般にあればこそである。この事実は、明らかに教会全般の改革を要する状態と関連するものである。実際、教会それ自体が、もはや民衆の愛を救世軍と同じ程度に持っているわけではなく、したがって教会は今以上に民衆の愛を要求することも、組織することもできないからである。次の時代の主な課題は、より活気に満ちた教団を再建することであろう。たしかに古い土台の上に、しかし新しい精神をもって。


  「ああ、生命(いのち)の流れよ、豊かに注げ、

  さえぎるものあらば、つき破れ。」

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫