蜀犬 日に吠ゆ

1919-05-24

[][]五月二十四日 たしかに世の中は皮相な知識で はてなブックマーク - 五月二十四日 たしかに世の中は皮相な知識で - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 イザヤ書四五の二二、六一の一―三*1。たしかに世の中には、――ただ皮相な知識でそう思い、また見のがしがちであるよりもずっとしばしば――口では言えぬほど苦しい運命があり、しかもその原因はほとんど不可解なように見える。なぜなら、かつてヨブに対してその友人たちが主張したこと、すなわち、不幸はただその人が過去に犯した不正の結果にほかならぬという理論では、あらゆる場合にわたって不幸の原因を説明するには不十分だからである。けれども、神の恩寵に頼り、それにすがってきた者が、いつまでも内からの救いも外からの助けもなく、絶望して死なねばならなかったというようなことは、幾十億の人間の運命のなかにそのような明瞭な実例がただ一つでも見つかったらそれで初めて立証されることがらであろう。

 だが、歴史からも、また私自身がたどった人生行路からも、そのような例は一つも知らない。ただキリストはこれに反する最大の実例であり、彼のあとでは、パウロや、近世ではゴルドン将軍くらいが、そうである。

 それと反対に、個人的な神の信仰がなくて、ヘッケル流の一元論とか、その他のいい加減な、あるいは完全な無神論哲学とか、単にヒューマニズムや社会主義や、芸術崇拝や知識欲や、個々の人への愛情だけをもって、この労苦と困難にみちた地上の生活を、心の痛手も受けずに楽しくやり過すことは、これも同じように不可能だと考えねばならない。この場合、とうてい解決の見込みのない現世につづく存在の問題は全く別としても。だが、よりよき存在への期待がなければ、地上の生存は、たとえ最良の場合でも、いささかあわれすぎるだろう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「地の果なるもろもろの人よ、わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。わたしは神であって、ほかに神はないからだ。」「主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油をそそいで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、……また、すべての悲しむ者を慰め、シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、灰にかえて冠を与え、悲しみにかえて喜びの油を与え、憂えの心にかえてさんびの衣を与えさせるためである。……」