蜀犬 日に吠ゆ

1919-06-30

[][]六月三十日 あなたは政治を全く放棄すべきであろうか はてなブックマーク - 六月三十日 あなたは政治を全く放棄すべきであろうか - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あなたは政治を全く放棄すべきであろうか。断じてそうではない。あなたの国を助けてそれを維持しなければならない。国家はいまやまさに、大いにそれを必要としている。

 だが、いわゆる「時代精神」に仕えてはならない。またその標語(スローガン)に敬意を払ってはいけない。そして哲学全体をも、あなた自身には不用なものとして、安んじて拒否してよろしい。哲学は、成長し繁栄する生活の基礎を発見しようと骨折っているが、全く徒労である。哲学には、さしあたりなんの祝福も宿ることがない、真理の霊に活かされたさらに優れた人びとが、この仕事にあたらないうちは。ヨハネによる福音書一四の一七。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-29

[][]六月二十九日 神から離れたことのために生じる不幸 はてなブックマーク - 六月二十九日 神から離れたことのために生じる不幸 - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 神から離れたことのために生じる不幸のなかにも、何かある善きものを見出すこと、つまり、ちょうど塩が辛い混ぜ物として全体の腐敗を防ぐように、不幸のなかに改善か予防手段かを見出すこと、これこそ正しい人生観である。

 ところが世間の味方、とくに新聞の考え方は、全くその反対である。彼らは悪をかなり手軽に扱い、あらゆる神的なものから時おり離叛することを「近代的世界観」だと見なし、また一方、それに対する神の罰をいつも不可解なものと考え、しかもそれがすぎ去ればたちまち忘れてしまうのである。

 すべての人が思いのまま生を享楽することが、おそらく彼らの理想であろう。しかしそういう理想は、その性質上、ただ楽園において、しかもその条件にぴったり合った人びとにだけ許されることで、あるがままの世界では望んで得られないものであろう。

 文明諸国の政府はすべて、ひたすら完全にこの目標を達成しようと努めている。彼らは正義や真実を求めるのではなく、ただ彼らの所有と勢力の持続をできるだけ妨害されないことを、あるいは、むしろそれらをさらい拡大することを求めているのである。

 だから、政府の指導者たちがどんなに賢くても、一向にうまく行かない。そしてだれもが、元来戦争を望まないにもかかわらず、つねに平和は戦争からわずか間一髪をへだてているにすぎない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-28

[][]六月二十八日 正しき者の上にも悪しき者の上にも はてなブックマーク - 六月二十八日 正しき者の上にも悪しき者の上にも - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 箴言三の二五・二六*1。神の裁きは「正しい者の上にも、悪しき者の上にも」下される(エゼキエル書二一の三)。神のしもべたちが必ずしも方舟や岩の上に保護されるとはかぎらない、いや、そうされないのが普通である。だが、不幸のただ中にあっても、神のしもべたちはなお神の庇護のうちにあるのである。それだから、あなたもつねに勇気と沈着を示して、他の人びとの支えとならねばならない。

 やがてまもなく、こういうことがふたたび肝要なこととなる時がくるだろう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「あなたはにわかに起る恐慌を恐れることなく、悪しき者の滅びが来ても、それを恐れることはない。これは、主があなたの信頼する者であり、あなたの足を守って、わなにとらわれさせられないからである」。

1919-06-27

[][]六月二十七日 力と同時にまことの知恵が はてなブックマーク - 六月二十七日 力と同時にまことの知恵が - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 力と同時にまことの知恵が与えられて、その力をつねに適所で適度に用いることができれば、それは実にすばらしい事である。

 これは多くの「呼びさまされた人」にあっても、すぐ最初からできるわけではない。そういう場合にあまりあせると、かえって事をそこなうだけである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-26

[][]六月二十六日 主は待っていてあなたがたに恵みを はてなブックマーク - 六月二十六日 主は待っていてあなたがたに恵みを - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 「主は待っていて、あなたがたに恵みを施される」(イザヤ書三〇の一八)。旧約聖書は、まさにこの点、すなわち神に対する人間の関係について、というこの重要な事柄を完全に理解するために、欠くことのできないものであるが、そのところどころの章節で、神がいわばわたしたちを待っており、つねにわたしたちのために現臨し給うことを、告げている。もし実際その通りであるならば、なぜわれわれは尻ごみしたり、あるいは、その場に居まいとするのであろうか。イザヤ書五八の九*1

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「また、あなたが呼ぶとき、主は答えられ、あなたが叫ぶとき、『わたしはここにおる』と言われる。」

1919-06-25

[][]六月二十五日 もはや「石の心」を持つことが はてなブックマーク - 六月二十五日 もはや「石の心」を持つことが - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 もはや「石の心*1」を持つことがないということは、神の大きな賜物である。人間が神の声に対して心を開きはじめると、このこともまた十分よく悟るものである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:エゼキエル書一一の一九、「そしてわたしは彼らに一つの心を与え、彼らのうちに新しい霊を授け、彼らの肉から石の心を取り去って、肉の心を与える。」(訳者注)

1919-06-24

[][]六月二十四日 われわれの隣人たちに十分公正であることは はてなブックマーク - 六月二十四日 われわれの隣人たちに十分公正であることは - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 われわれの隣人たちに十分公正であることは、必ずしもたやすくできることではない。なぜなら、われわれは彼らをあるがままに、あるいは少なくとも彼らがありうるように、見ることは決してないからである。

 礼儀というものは、そのような公正の単なる擬制なのである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-23

[][]六月二十三日 もう全く働かなくなった老人たちは はてなブックマーク - 六月二十三日 もう全く働かなくなった老人たちは - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 もう全く働かなくなった老人たちは、ともすれば自分を余計者と感じがちで、このつらい意識のために怒りっぽく、口やかましくなるか、それとも、彼らにいくらかの権力と意義を与えてくれるただ一つのものである財産にしがみつき、はては、そのためしだいに貪欲に傾いてゆく。

 「老年の知恵」も、しばしば、ただうるさいだけに思われる。というのは、若い人は、かような知恵が自分の人生段階にはまだぴったりとはしないものだ、という正しい感じを持つからである。

 だから、老年になったら、ごく静かにし、まだやれる程度で働きながら日を送るのが、一番正しいことである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-22

[][]六月二十二日 古き人間アダムを改善しようとしても はてなブックマーク - 六月二十二日 古き人間アダムを改善しようとしても - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 マタイによる福音書九の十六・十七*1。古き人間アダムを改善しようとしても、うまくゆかない。それをやってみれば、だれでもみなこの経験をするであろう。古き人のほかにひとりの別の新しい人が生まれて、彼をしだいに征服し、追い払わなければならない。このことは、キリストがニコデモに説き示した(ヨハネによる福音書第三章)ことであるが、その当時からすでに神学上の最大の謎の一つであった。明らかにニコデモもそれを完全には理解しえなかったのである。

 現代のわれわれにとって、この教えは、とくにプロテスタントの教理問答書の主な教理の一つである。キリストによる「人間の罪の身代りの贖い」の考えと矛盾する。実際この贖罪説は、おそらくただキリストへの愛によってのみ、上に述べた教えとも調和しうるであろう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「だれも、真新しい布ぎれで、古い着物につぎを当てはしない。そのつぎきれは着物を引き破り、そして、破れがもっとひどくなるから。だれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそんなことをしたら、その皮袋は張り裂け、酒は流れ出るし、皮袋もむだになる。だから、新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである。そうすれば両方とも長もちがするであろう。」

1919-06-21

[][]六月二十一日 あらゆる方面への完き愛こそ はてなブックマーク - 六月二十一日 あらゆる方面への完き愛こそ - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あらゆる方面への完き愛こそ、この世につづく正しい存在を迎えうるために達しなければならない、この地上生活の最後の目標であり、しかも同時に、それによってのみ世界が救われうる「魔法の杖」であること――のことをわれわれは、人生のある段階に到れば、十分に洞察することができる。これに反して、一方で、この立派な目標に完全に到達しようという希望を抱きながら、他方で、このような愛の目標がわれわれの正常な判断をいくらか妨げるかもしれないと懸念しないことの方は、もっとむずかしい事柄である。だが、これは両方ともにまちがっている。このすべての方面への愛が、もしわれわれ自身から、またわれわれの力でもって、実現されねばならないのなら、それはたしかに到達できないであろう。だがこの愛は、神の真理からひとりでにわれわれの心に流れ込むものであって、われわれはただその流れ入るのを防げず、心にきざすさまざまな異論に耳をかさなければよいのである。それらの異論のうちで最も悪いのは、愛は真理に対して盲目にする! という、まさにあの異論である。だが、これは真実ではない。かえって憎しみや、いや、単なる冷淡さえもが、ひとをもっと近視にするものだ。ところが、愛は人の心ばかりでなく、精神をも広く、明るくし、またすべての人間的な生活の知恵よりも、はるかに賢明にすることができる。「やってみなさい」と、この場合も言わねばならない。まあしばらくの間は、いろいろと疑わしいものの中で、最も愛にみちたこと(最も感謝されそうなことではなく)を実行しなさい。そしてどんな結果が生じるかを見るがよい。おそらくあなたの周囲の身近な人や遠い人が、まもなくそれを認めてくれるにちがいない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-20

[][]六月二十日 「地上の楽園」では、たしかに はてなブックマーク - 六月二十日 「地上の楽園」では、たしかに - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 この書物に描かれているような「地上の楽園」では、たしかに人生のありふれた労苦や葛藤はもういくらか片付いてすんでしまっているように見えても、まだいろいろな困難のなごりが尾をひいている状態である――けれどもこれと異なった「地上の楽園」というものは、まず存在しない。それをたえずあらゆる脇き道にたずねてまわる者は、かえってそれを一番見出しえない人である。だから、この本に示されている道は、すでにある程度進歩した人びとのためのものである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-19

[][]六月十九日 生涯の荒涼とした暗い時期 はてなブックマーク - 六月十九日 生涯の荒涼とした暗い時期 - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 もしあなたが、いまちょうど、生涯の荒涼とした暗い時期の一つに臨んでいるのなら、将来のいろんな計画に手をつけたり、または、いまさらどこを改めようもないのに、過去のことをふり返って思いわずらったりしてはならない。むしろなにか実際的な仕事を企てるがよい。そのことがあなたを十分忙しくさせ、無益な期待の苦しみをあなたから取り去ってくれる。そうしているとある日突然、おそらくあなたがまだその仕事をすっかり終えない前に、あなたが願っていた心の変化が訪れてくる。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-18

[][]六月十八日 カーライルを長い間にわたって はてなブックマーク - 六月十八日 カーライルを長い間にわたって - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あなたはカーライルを長い間にわたって精神生活の指導者・案内人として仰ぐことはできないだろう。この世の広い道からよりよき道へ方向を転じようとする初めの頃には、彼は実にこの上なくひとを発奮させる読み物である、ところが、このクレーゲンパトック(スコットランド南部の地名)の遁世者は、クロンウェルについてのすばらしい本を書いたにもかかわらず、「キリストの栄冠と聖約のため」というモットーを、自分では全く守らず、神との友愛に徹することもせず、ついに人間的な「英雄崇拝」にとどまった。ゲーテやジャン・パウル(ゲーテ時代の小説家)と知り合いになったことが、イギリス大国民のモーセかヨシュアのような預言者となるべき運命から、彼を転向させてしまった。彼は洗礼者(キリストの出現を準備したヨハネ)だったが、それはある程度までであった。

 今日でも、現代の諸国民の教育資料から聖書的要素を除き去り、ゲーテ、シラー、プラトン、孔子、その他の「偉人」の言葉をもってそれに代えることができると信じている人たちがいる。そのような人びとは、今日の書物の中で、聖書からの引用に出会うたびにつまずいてしまう。けれども、マタイによる福音書一七の二七の「彼らをつまずかせないために」という主の言葉は、たしかに金銭上の問題その他のささいな事柄にはあてはまるが、このような場合にはあてはまらない。聖書をよく知り、絶えずそれを読むことは、決してどうでもよい事柄ではないのである。むしろわれわれは聖書に基づいて自己を測り、判断し、はげまし、かつあらゆる「人間的な、あまりに人間的な」ものから遠ざかるようにしなければならない。ゲーテも、その最初の頃のままで、聖書を捨てなかったら、おそらく別人になったであろう。彼がどんなに「生の楽しみをつくした」にせよ、聖書へのあこがれは決して彼の心を去らなかった。

 こういう問題がふたたび大いに論ぜられる時代が今にやって来るだろう。その時あなたを聖書からひき離そうとする人たちに従わぬがよろしい。そこには決して祝福が宿らないからである。われわれはその内的生命の根を、外的成長とともに伸ばすことはできないし、あるいは、良種の木の幹に異種の枝を罰なしに接ぎ木することもできない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-17

[][]六月十七日 社会主義のもっとも厭うべき点 はてなブックマーク - 六月十七日 社会主義のもっとも厭うべき点 - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 社会主義のもっとも厭うべき点、そのためだけでも私がこの主義に賛同しかねるのは、社会主義が嫉妬を人間の行動の主な発条(ばね)にしており、また実践活動においてもそれを信奉者に教えこんでいることである。嫉妬や、それと密接な関係のある意地悪な満足は、貪欲とならんで、まだ改善されない人間の本性の一番悪い性質である。いかんながら言いそえなければならないのは、これらの性質が他の領域においてもふんだんに見受けられること、しかも諸国家みずからがその実例をしめしていることである。

 なぜなら、国家が実際政治と呼んでいるもの、また互いに監視しあい、相手のどんな勢力拡大に対してもたえず妬ましげな対抗の努力をもって応じるよう駆り立てられるのは、大がかりな嫉妬よりほかのなにものでもない。嫉妬がトルコやシナを保全せしめ、新たな戦艦の建造をうながし、また、現今の戦争に対してもその責めを負うべきものだ。自分の属する国家が、さけがたい害悪、また許さるべき措置だなどと日々公言してはばからぬ事柄を、どうして個人が邪悪だと考えそれを避けねばならないのだろうか!

 いわゆる大政策は、まさしくキリスト教とは明白に矛盾するものである。その代表的政治家はおそらく二つの魂をもっているにちがいない、一つは私用のために、一つは公用のために(ビスマルクを見よ)。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-16

[][]六月十六日 この世の恐るべき貧困の量について はてなブックマーク - 六月十六日 この世の恐るべき貧困の量について - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 マタイによる福音書九の三六・三七*1 、五の四三―四五・二五。

 この世の恐るべき貧困の量について、わけてもすべての国々の広い庶民層が上流のめぐまれた階級に対していだく憎しみの深さについて、たいていの上流の人たちは十分の理解を持っていないか、さもなければ目をつぶってそれを知ることをわざと避けている。このような無知をほとんど許さなくしたのは、社会民主党の一つの功績である。この勢力ある団体を抑制しようとする方策は、政府においては暴力的弾圧であり、自由主義的ブルジョア階級においては譲歩・妥協である。しかしながら、両方策ともこの憎しみを根こそぎ抜き去ることはできない。それはむしろ愛によってのみなしとげられることである。だが、愛があくまで愛であって、ふたたび社会的機構に堕しないように愛を組織すること――例えば、単に奉加帳への署名で寄附金を集めることによって一定の金額を確保し、つぎに委員会を選び、書記か管理者を任命する、これらの人はその仕事で生活し、毎年報告書を提出する、というような仕儀にならぬように――こういうように愛を愛のままに組織するということは、これからなお熟考を要する将来の問題である。一般的にいって、社会施設として比較的栄えるものは、ごく小規模に、企画者の信仰により独力で始められ、神の恵みにささえられるがままに、しだいに成長して行くが、しかし保証された収入をあてにすることもできず、また教会の形式をとることもないような施設である。とにかく、どんな負債や欠損についても、福音書のなかにその補いの拠りどころを見出すことはできない。あの当時すでに相当ひどい状態だった一般の貧窮を救うための寄附金募集をさえ、キリスト自らは一度も命じたことはなかった。そういう機会が明らかに存していたと思われる場合にも、なおそれを命じてはいない(マタイによる福音書一四の一六―一九*2)キリストは自分の持っているものを人に与え、人びとがこの手本にならい、神の祝福を受けるのを頼みとされていたのである。ところが今日では、公衆に向って寄附の勧誘がつぎつぎに呼びかけられ、しかも真に困窮に同情するならば、自分たちでわけなく直ちにそれを助けその苦しみを緩和することができるし、だからまっ先きそれをする義務あるはずの人びとが、ただ勧誘ばかりをしていることが多いのである。

 自分たちの無為のために貧困におちいったエルサレムの教団に対して、パウロが行った最初の「寄附金募集」にも、おそらく彼自身の名をその地の人たちに覚えていてもらいたいというそれ自体もっともな願いがいくらかあずかっていたであろうが、われわれはこの献金に対して実際どんな祝福が与えられたかは、なにも読まないのである。むしろ反対に、同地の受領者たちはこの使徒に、はなはだよくない助言を与えたし、しかも彼が捕えられた時にも、彼のためになんにも世話をしなかった。このことは使徒の献金に対する一つのさばきでもあった(コリント人への第一の手紙第一六章参照)。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「また群衆が飼う者のない羊のように弱り果てて、倒れているのをごらんになって、彼らを深くあわれまれた。そして弟子たちに言われた、『収穫は多いが、働き人がない』。」

*2:「するとイエスは言われた、『彼らが出かけて行くには及ばない。あなたがたの手で食物をやりなさい』。弟子たちは言った、『わたしたちはここに、パン五つと魚二ひきしか持っていません』。イエスは言われた、『それをここに持ってきなさい。』そして群衆に命じて、草の上にすわらせ、五つのパンと二ひきの魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福し、パンを割いて弟子たちに渡された。弟子たちはそれを群衆にあたえた。」

1919-06-15

[][]六月十五日 われわれがどんな犠牲を払っても はてなブックマーク - 六月十五日 われわれがどんな犠牲を払っても - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 現在われわれがどんな犠牲を払っても手に入れなければならない真のキリスト教は、単にある事実に対する信仰とか、教会の一定の信仰箇条に対する信仰にあるのではない。あのヤコブが激しく、しかも正当に言っているように、そんな信仰なら「悪霊どもでさえ、信じて、おののいている」(ヤコブの手紙二の一九)のだ。まことのキリスト教には、ぜひとも神とキリストへの友愛が、あるいは教義的・正統的な形式に従えば、キリストにおける神との友愛が、必要である(ついでながら、これについてはヨハネによる福音書一四の二一―二三*1でさえ神とキリストの位格(ペルソナ)についてある区別を設けているようだ)。このような友愛だけが真のキリスト教に到る真実な拠りどころを与えてくれる。この感情を愛と呼ぶのはふさわしくない、というのは、愛という言葉はしばしば濫用されるし、またキリストへの愛という言葉も、あちらこちらで、特にその他の点では実に美しい同胞教会の讃美歌や、婦人たちの口にのぼると、いささか狂信的なかたちを呈するからである。なお旧約聖書で頻繁に用いられている結婚との比較も、われわれ世俗的な諸民族にとっては、もはや適当でない。われわれは今日、結婚というものを対等な、同権的関係と考えているからだ。同じように、イスラエル民族のあいだに存していた家長制的父権的関係(父と子)も、もはやわれわれの間には存在しないし、従ってそれを比較のために用いることはできない。しかし、この種の最上の人間関係に似ている、友愛といったものならば、神との間に結ぶことができる。この友愛があなたに要求するのは、ただ誠実と信頼とであり、それ以上のものではない。あなたが信仰を持ちつづけたいと思うなら、必ずこれらの性質を持っていなければならない。マタイによる福音書一二の四三―四五。

 この神との友愛が知れ渡ると、もちろん、ほかのこれまでの友人はあなたから離れ去っていく。というのは、彼らはそのようなことを夢想か、思考力の弱さだと解し、また、この超自然的な神との結合について政治的、教会的、あるいは哲学的な疑念をいだくからである(実際、これらの問題に対するあなたの態度全体に、神との友愛がたしかに強く影響をするようになるだろう)。あなたはそういう事態に耐えねばならないし、いや、およそ世間でのいろいろな名誉をも断念しなければならない。ヨハネによる福音書五の四四、マタイによる福音書一六の二四―二六、四の八―一〇。しかしこのことは、大体において、――ただ特別な場合をのぞけば――あなたがおそらく想像するよりも、はるかに容易である。それどころか、幾人かの本当に善い人間を友人に得ることで、つぐなわれるであろう、あなたがそれをことさら求めずとも、また信仰上の小さなサークルに加わらない場合でも。

 あなたの方では、以前からの友人に対する友情をいつまでも守りつづけるがよい。彼らがそれを許してくれ、またあなたによくない感化を与えないかぎり。マタイによる福音書一二の四六―五〇。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「わたしのいましめを心にいだいてこれを守る者は、わたしを愛する者である。わたしを愛する者は、わたしの父に愛されるであろう。わたしもその人を愛し、その人にわたし自身をあらわすであろう。」

1919-06-14

[][]六月十四日 あなたは堅固な心を得ようと努めねばならない はてなブックマーク - 六月十四日 あなたは堅固な心を得ようと努めねばならない - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あなたは堅固な心を得ようと努めねばならない、すでに数千年前に書きしるされてあるように*1、たちまち傲慢になったり、たちまち元気を失ったりすることない、堅固な心を。

 世間的な人たちがキリスト者について一番非難する点もそこにある。すなわち、キリスト者たちが、しばしばごく小さな事でも、不幸に会うとひどく気落ちして涙っぽくなり、幸福になると大いに高慢になるのを見ているからだ。

 「そんなことならおれたちだってやれる」と世間の人は言う、「おまけにこちらにはもっとたくさん楽しみがあるのだ!」と。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:旧約聖書サムエル記にあるダビデのことをたぶん指すのであろう。(訳者注)

1919-06-13

[][]六月十三日 現代の特徴 はてなブックマーク - 六月十三日 現代の特徴 - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 マタイによる福音書二四の一一・一二・三五*1、二五の二一、二六の四一。

 これらのことは現代の特徴である。あなたはそれをあらかじめ覚悟して、それに対処しなければならない。それは決してよい時代ではないであろうし、公許の教会やキリスト教にとってもよくないであろう。というのは、これらは、もはや異端邪説を説く者に対する国家の保護に頼りえないので、多くの人たちが教えに背き去るのを見るであろう。しかしこのような中でも、まだしもキリストに似たところをそなえているものは、この嵐を耐えしのぎ、最後には、再臨の主から善きしもべとしての証しを受けることであろう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。」「天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない。」

1919-06-12

[][]六月十二日 だれでも神やキリストを直観的な啓示に はてなブックマーク - 六月十二日 だれでも神やキリストを直観的な啓示に - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 マタイによる福音書一一の二七*1。だれでも神やキリストを直観的な啓示によるほかに知るすべはない。それにもかかわらず、こんなにもおびただしい神学やキリスト論が書かれる、しかも今でもあらためて書き始められようとは!

 あなたはどんな種類の「イエス伝」にも信頼してはならない。たとえそれがイエスに好意ある精神をもって書いてある時でも。

 いかなる人間も、自分の力でそのような伝記が書けるものではない。そしてそれができる者は決して書きはしない。ある人がそういう本を書いたという事実だけで、その人に不利な証拠となる、この言葉が個々の場合にどんなに苛酷に聞えようとも。そのような人もきっとこのことを思い知ったにちがいない。だから、われわれもあえてこれを主張することができるし、また、そういう書物を拒むのも当然である。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「すべての事は父からわたしに任せられています。そして、子を知るものは父のほかにはなく、父を知る者は、子と、父をあらわそうとして子が選んだ者とのほかに、だれもありません。」

1919-06-11

[][]六月十一日 まさしく善である多くのものが はてなブックマーク - 六月十一日 まさしく善である多くのものが - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

六月十一日

 マタイによる福音書八の二二*1のために。

 それ自体まさしく善である多くのものが過ぎ去ってゆく。われわれはそれらを過ぎ去るにまかせるほかはなく、いつまでもくり返したいと思ってはならない。生活は必ず不断の進歩であって、すでにあったものの単なる反覆であってはならない。最後の日まで、その日その日が一つの創造であるべきだろう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

マタイによる福音書

MATTHEW 8

弟子の覚悟

22 イエスは言われた。「わたしに従いなさい。死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。」

22 But Jesus said to him."Follow Me, and let the dead bury their own died."

新共同訳『新約聖書』ギデオン協会

*1:「わたしに従ってきなさい。そしてその死人を葬ることは、死人に任せておくがよい。」

1919-06-10

[][]六月十日 善についての人間の はてなブックマーク - 六月十日 善についての人間の - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 善についての人間の内的進歩のそれぞれの段階は、決して他の段階と全く同一ではない。だから、一つのキリスト教団やさらに全教会を、一人の牧者を先頭にしたみな一様な羊の群れのように想像する人たちは、まちがっている。これは、福音書に出てくるこの種の比喩(たとえ)から、ほとんどあまりにも極端に、教会的観念に移し入れられたものにすぎない。それどころか、すべての一人ひとりの魂は、全く独自の精神的存在であり、その魂が満たされるには、実際上でもまたそのような存在として取扱われることを要求する。画一主義からは無気力や偽善さえもが生じがちである。また、いかんながら、現代の文明諸国民の中に根をおろしている深い教会への嫌悪も、やはりそこから生じている。このことは、教会のなんらかの正しい改革の思想を求めながら、まだそれを見出せないでいる真理感情の、一つの反撥なのである。そういう正しい思想は、かなり長い時を経て、「死人が死人を葬り」(マタイによる福音書八の二二)終わったのちに初めて現われてくるだろう。実際、このことは今日すでに始まっている。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-09

[][]六月九日 生涯に一度でもこのような神の言葉を はてなブックマーク - 六月九日 生涯に一度でもこのような神の言葉を - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 サムエル記上三の四・一九―二一*1、申命記一三の三・五・九・一一。

 もしあなたが生涯に一度でもこのような神の言葉を聞くことがあれば、あなたはこの地上生活で自分自身のためにはそれ以上なにも願わず、あなたの生涯の決算を莫大な利得を収めて永久に終えてしまい、その他の人生の宝をもはや求めようとは思わないであろう。実際、その後もなおそのような要求をすてないなら、それこそ理解しがたい心の弱さであり、与えられた最上のものを軽視するものといえよう。それだから、このような神の言葉は、すべての人に向って、しかもあまりに早く、行われることは決してない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「主は『サムエルよ、サムエルよ』と呼ばれた。彼は『はい、ここにおります』と言った。……」「サムエルは育っていった。主が彼とともにおられて、その言葉を一つも地に落ちないようにされたので、ダンからベエルシバまで、イスラエルのすべての人は、サムエルが主の預言者と定められたことを知った。主はふたたびシロで現われられた。すなわち主はシロで、主の言葉によってサムエルに自らを現わされた。」」

1919-06-08

[][]六月八日 世間はほっておきなさい はてなブックマーク - 六月八日 世間はほっておきなさい - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 世間はほっておきなさい。世間はいまちょうど、パウロの手紙に記されている時代と同じような段階にある。テサロニケ人への第二の手紙二の一一―一三、テサロニケ人への第一の手紙五の五―九*1・一六・一七、ピリピ人への手紙四の四―七。われわれの務めは、いま燃え上がっている、敵味方の誤りと誤りとの戦いの渦中にまき込まれることなく、それによって正しい態度を示すことである。この戦いからは当分まだたいしてよい結果は生じないだろう。けれども、この戦いのなかから救われようと救助船の船べりにすがりつく難破者たちを受けいれるために、真のキリスト教はつねに存在しなければならない。

 さて、われわれはいくども生活と努力との新しい出発をくり返さねばならないが、いよいよその最後の新しい出発がやってくる。いまやあなたは神学書や哲学書を読みふけることを、いわばすっかりやめてしまってよろしい。もう実行にふさわしいほど十分に力がついている。実行こそは、いつか未来の国において、われわれの唯一の務めとなるであろう。そこではもはや、教会も書物も説教もなく、ただ生活と実行とがあるだけであり、この地上では苦しい努力の成果であったものが、そこではもうわれわれの自明な本性となっていることであろう。「主よ、わたしたちはあなたの救いを待ち望む」(創世記四九・一八、詩篇一〇九・二六)。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「あなたがたはみな光の子であり、昼の子なのである。わたしたちは、夜の者でもやみの者でもない。だからほかの人々のように眠っていないで、目をさまして慎んでいよう。眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うのである。しかしわたしたちは昼の者なのだから、信仰と愛との胸当を身につけ、救いの望みのかぶとをかぶって、慎んでいよう。神はわたしたちを怒りにあわせるように定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによって救いを得るように定められたのである。」

1919-06-07

[][]六月七日 今やあなたはこの使徒パウロが はてなブックマーク - 六月七日 今やあなたはこの使徒パウロが - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 コリント人への第二の手紙四の一六、コリント人への第一の手紙一五の五七、一の六―九・一八*1、ローマ人への手紙六の一二―一四、四の三。

 今やあなたは、この使徒パウロが彼の教団に宛てた手紙を読んで、それがあなたに役立つほどすでに進歩をとげている。以前、初歩の段階にあったときは必ずしもそうではなかった。このように、すべての言葉がどんな時期にも同じように適するというものではない。

 それがとりもなおさずキリストの言葉の特質である。(マタイによる福音書七の二九)

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「だから、私たちは落胆しない。たとい私たちの外なる人が滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。」「しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜ったのである。」「キリストのためのあかしが、あなたがたのうちに確かなものとされ、こうして、あなたがたは恵みの賜物にいささかも欠けることがなく、わたしたちの主イエス・キリストの現れるのを待ち望んでいる。主もまた、あなたがたを最後まで堅くささえて、わたしたちの主イエス・キリストの日に責められるところのない者にして下さるであろう。神は真実なかたである。あなたがたは神によって召され、御子(みこ)、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに、入らせていただいたのである。」「十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救いにあずかるわたしたちには、神の力である。」

1919-06-06

[][]六月六日 どんな種類の使用人でも、 はてなブックマーク - 六月六日 どんな種類の使用人でも、 - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 どんな種類の使用人でも、その務めを軍隊と同じようにきちんと果たさねばならない。この点では、すこしも手心を加える必要はない。しかし彼らがそうすると、今度は、あなたの方が彼らにただ給金を払う以上の責務を負うことになる。さもなければ、あなたは決してよい使用人を持つことはできないだろう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-05

[][]六月五日 ヒューマニズムだの永遠の平和だのについて はてなブックマーク - 六月五日 ヒューマニズムだの永遠の平和だのについて - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 ヒューマニズムだの、永遠の平和だのについて、やたらにおしゃべりしないがよい。

 あなたは出会う人ごとに、なにか善いことがあるようにと願っているか。もしそうならば、あなたは人間らしい親切な心の持主だが、そうでなければ、あなたの言葉はただ口先きだけのおしゃべりであって、議事堂には向くが、われわれにはふさわしくない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-04

[][]六月四日 あなたはいつもあなたの身分に応じ はてなブックマーク - 六月四日 あなたはいつもあなたの身分に応じ - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あなたはいつもあなたの身分に応じて、簡素に、しかしきちんとした身なりを整えるように心掛けなさい。「なげやり」な服装は、ことに外国では、目立ちすぎるおしゃれと同じように、避くべきものである。なぜなら、残念ながら、われわれはある国民の一人として、ほかならぬわれわれの身なりによって評価されるからである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-03

[][]六月三日 金銭上の事柄については はてなブックマーク - 六月三日 金銭上の事柄については - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 金銭上の事柄については、いつでもきちんとしていて、あなたの境遇にふさわしいように心掛けなさい。だが、そのために、必要以上に心を労してはならない。度を越えると、いきおいけちや貪欲になり、したがって益よりもかえってはるかに害があるものだ。この問題について社会主義がブルジョア階級に向かって言っていることは、大部分真実である。だが、その行おうとする手段は正しいとはいえない。

 あなたは、あなたの子供たちに早くから金銭を所持させて、それを合理的に取扱うように慣れさせねばならない。フランス人はこの点で比較的よくしつけられていて、彼らの境遇以上の生活をすることはめったにない、これはドイツ人にまさる彼らの最大の長所の一つである。実際、かの国民の裕福は、その豊饒な国土からよりも、はるかに多くこの風習から生じている。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-02

[][]六月二日 すべての国民的なあるいは家庭の風俗や習慣は はてなブックマーク - 六月二日 すべての国民的なあるいは家庭の風俗や習慣は - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 すべての国民的な、あるいは家庭の風俗や習慣は、もともと、何か一般的に善い意味を持っているものである。さもなければ、それらはおよそ風俗とはなりえなかったであろう。

 われわれはその意味を発見するように努めなくてはならない。まだそのような意味があるかぎり、その習慣を守りつづけるがよい。なぜなら、習慣というものはものごとを容易にするからだ。けれどもそれらがその意義と精神とを失ってしまったら、まだその習慣がいかにも神聖そうな顔つきをしていても、席をゆずらねばならない。

 われわれはみな、生活の行程において、そのような古いものをぬぎ捨ててきた。それはたいてい利益を伴うが、時には早すぎて、そのためかえって生活に滞りが生ずることもある。また時には、結局、改善された形でふたたたび古い習慣に戻ったこともある。するとその習慣は、多少皮肉なほほ笑みをもって、またわれわれを迎えてくれる。ちょうど、われわれが近代的なホテルに気をひかれてしばらく遠のいていた、あの善良な古風な宿屋の主人がするように。

 プロテスタントの人たちのもとで行われる規則的な聖書の朗読やきまった時刻の祈りは、とりわけそのような習慣の一つである。それらは、無理解な両親や教師のせいで今どきの人たちにはひどくいやがられているから、おそらく一時的にはすっかりすたれるにちがいない。だが、いずれ後になれば、それらはおのずからよみがえってくる時があるだろう。

 疑いもなく、聖書に記された過去の追憶のなかには、美しくないものがかなり多く含まれている、一般に歴史においてはそういう事が起るように。だから、思慮のある母親はその子供たちにむぞうさに聖書を渡して、読むように勧めたりはしない。むしろまず、その中のいろいろな物語を話して聞かせるようにする。

 やがて子供たちが成人すれば、それからは自分で聖書を手にとるがよい。しかも、そのとき、こういう人が、自分は聖書から初めて悪を学んだと言ったら、それこいつわり者である。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-06-01

[][]六月一日 あなたが教えることを実行するように はてなブックマーク - 六月一日 あなたが教えることを実行するように - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あなたが教えることを実行するように努めなさい。

 若い時代には学ぶこと、教えることがむしろその本領であるが、とくに年齢がすすめば、実行ということがはっきり外に現れて来なければならない。やがてそれぞれの人がなんらかの善き、真実な思想の生きた表現となっていなければならない。そうでなければ、その人は無意味に生きてきたことになる。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫