蜀犬 日に吠ゆ

1919-07-03

[][]七月三日 彼は必ず栄え はてなブックマーク - 七月三日 彼は必ず栄え - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 「彼は必ず栄え、わたしは衰える、」ヨハネによる福音書三の三〇。洗礼者ヨハネのこの言葉は、すべて老いゆく人たちの、まった、まさに来らんとする偉大な時代のすべての先駆者たちの、さけがたい運命を語っている。われわれの同時代人の多くは、このような運命によく平然と耐えることができない。それどころか、福音書の一批判者は、この言葉に従うことはとうてい人間の力ではかなわぬことだ! という理由から、この話そのものが真実でないと推論しようとさえした。そこに、まさに世界観の相違がはっきりあらわれている。まず第一に、現世がよりよき存在へ継続するという確信と、反対に、この世の生命はこれかぎり完全に終るのだという悲しむべき見解(この悲しい表情はすべての年とった動物や、残念ながら、今日では多くの老いた人間にも見受けられるが)、これがこの二つの世界観の相違である。次には、さらに左のようなその結果がつけ加わる、すなわち、正しい人生観を抱いていれば、肉体的な個々の能力がたとえ減退しても、全体として見るときは、精神の力や元気は衰えるどころか、信ずべき伝記によれば、逆にしばしば、いちじるしく高まって、顔の表情にまでそれが現れるほどである。だから、老年におけるこのような補いは、たしかに十分以上のものがある。コリント人への第二の手紙四の一六―一八*1

 さらに、一層高齢になって、目立つほど増進するのは、いわゆる第六感である。すなわち、単なる自然科学者の眼にはすっかり隠されているが、実はわれわれを取り囲んでいる、あの霊の世界を見る力が、それである。また、われわれの足もとからしだいにすぎさって、ついには視界の外に消えてゆくこの世界の将来をも、よりよく見通す力が、それと結びついている。

 この二つの力が全く欠けているならば、高齢は、それに関するどんなに聡明な省察を伴っていようとも、やはり衰退の状態にほかならず、これは賀寿の催しなどで到底ごまかしきれるものではなく、また来世の希望によって必ずしも完全にのりこえられるとはかぎらない。

 たとえばカント、スペンサー、エマソン、ゲーテ、ビスマルクなどの高齢期に、本当に来世へ移りゆく祈りのこのような随伴現象について、まるで聞くことがないのは、むしろ不思議である、真の偉人の伝記はすべて、このような現象についての記述をもって終るべきであろうに。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。わたしたちは、見えるものにでなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。」