蜀犬 日に吠ゆ

1919-07-11

[][]七月十一日 宗教を職業とするのは はてなブックマーク - 七月十一日 宗教を職業とするのは - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 ヨハネによる福音書六の六三*1。宗教を職業とするのは、たいへん危険なことである。これはすでに、老ザカリヤ(ルカによる福音書一の八―二〇)以来、多くの牧師や司祭たち、あるいは聖書学者、神学者、あらゆる種類の職業的聖職者たちが身をもって経験しなければならなかったことである。この宗教はいのちの塩であり、力である。この場合は、ただ讃美歌をうたい、祈りをささげるだけではいけない、なお活動し、おのれの義務を果すのでなければならない。機械的なもの、単なる形式的なものは、キリスト教の最もひどく忌みきらうものだ。だから、主は、遊女や取税人の方が当時の最も信心深い人たちよりも先きに神の国へはいる、という非常に強い言葉を吐かざるをえなかった(マタイによる福音書二の三一)。このような言葉が福音書に記されているということ、また、早くからキリストを一種の大祭司にまつりあげようという企てがあったが、キリスト自身は少しも祭司的なもの、あるいは今日のプロテスタント的意味での牧師風のものを身につけていなかったということは、大きな慰めである。

 だから、あなたにとって信仰が習慣的なものになって、もはや心に生気を与えなくなり始めたことに気づいたならば、あなたは危険な深淵のふちに立っているのである。この本のなかでも、また、あなたが読むほかのどんな本のなかでも、職業的臭味や因習的なものだという印象を与える個所があれば、さっさとそれを消し去るがよい。また、教会の説教がそのようなものであったら、もう教会に行かなくてもよい。私自身、そのような態度をとりつづけてきて、今そのことを神に感謝している――私のような年齢になれば特にそうである。キリスト教は、主みずから述べているように「霊といのち」である。そして、いつまでもその通りでなければならない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「イエスは彼らに言われた、『人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である。』」