蜀犬 日に吠ゆ

1919-07-28

[][]七月二十八日 この地上でとくに人生の晩年に はてなブックマーク - 七月二十八日 この地上でとくに人生の晩年に - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 すでにこの地上で、とくに人生の晩年に、あるカトリックの聖女(エリーザベト・フォン・バイヨン)の美しい言葉をかりれば、「命の息吹のごとく」軽やかに、自由に、自己を感ずる瞬間があらわれることがある。このような瞬間が、死ぬ前になお長くつづいて感じられるとすれば、それこそ素晴らしいにちがいない。だが、これはわれわれに予測を許さぬことであり、また、すぐれた人びとの伝記からも、ほんの不十分にしか知りえないことである。いずれにしても、このような瞬間には、この世の生活とは別の、それに似た一つの生活がありうるという確信が、実に揺ぎないものとなる。こういう経験を一度も味わったことのない人は気の毒な人だ、たといその他の点で極めて才智にとんでいようとも。その人は天国の門が開かれてあるのを見たことがなく、また本当の「生の楽しみを味わいつくす」ということが、どんなものかを知っていない。

 こんな人は、限りなくまずしい生活感情をそれ(生の楽しみを味わいつくすこと)だと思い、それが人間のなしうる最高最善のものだと見なしているのだ。

 たとえば、われわれがひとしく尊敬するゲーテやベートーヴェン、あるいはカーライル、エマソン、スペンサーなどについてさえ、以上のことを、はばかりなく主張してさしつかえない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫