蜀犬 日に吠ゆ

1919-08-31

[][]八月三十一日 今日一番よくない著作は はてなブックマーク - 八月三十一日 今日一番よくない著作は - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

八月三十一日

 今日、一番よくない著作は、情熱からではなく、理論的確信によって、人間をふたたび動物界に引きもどそうとする、まじめで、しかも感覚的な書物である。それと並んで、よくないものは、一般向きの体裁で書かれた神学的・批判的著書である。これらは、そうでなくても貧しいこの世の中において、天国をも、また厳としてゆるがぬ理想をも、人間に許そうとしないものである。

 かような本の著者は、おそらく、たいていすでにその生存中から、神のもっとも重いさばきを受けるであろう。ところが一方、キリストは、単に軽率な行き方をしているだけの罪人に対しては、彼を模倣しようと考えているわれわれから見ても、ほとんどどうかと思われるほどの寛大な判定をくだされた。だが、こういう判決こそ唯一の正しいさばきといわねばならない。それだから、ダンテは、彼が描いたフランチェスカ・ダ・リミニ*1をむしろ煉獄篇に移すべきであったろう。思うに、これは『神曲』の、たしかに美的欠陥ではないまでも、やはり心理的欠陥であろう。同情と後悔とは、地獄にふさわしいものではないからである。

 この点で、テニソンはランスロット*2とギネヴィアの描写にあたり、ダンテにおとらぬ詩的表現力を示し、しかも心理的真実においては幾分まさっている。彼の「国王牧歌」は、多くの下らぬ作品よりもかえって世間に知られていないけれども、ダンテと並べて遜色のないものである。とくに、この詩は、本能的なものを弁護する女性たちや、通俗的不信仰を世に広める神学者たちを、拒否する姿勢をうち出している。これらの人たちは尊敬に値いするどころか、有害な人たちである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:ダンテは『神曲』地獄篇第五歌で、フランチェスカが夫の弟パウロと不義の恋に陥ちた罪を厳しく描いている。

*2:ランスロットはアーサー王物語の円卓騎士のひとりで、王妃ギネヴィアを恋した。