蜀犬 日に吠ゆ

1919-09-05

[][]九月五日 永遠の生命を はてなブックマーク - 九月五日 永遠の生命を - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 ヨハネによる福音書第十七章は、その第三節*1に、キリスト自身の口から発せられた注目すべき確言を含んでいる――いわゆる使徒信条はもとより、なおあらゆる現代の信条をもこの確言に要約されよう、というのは、永遠の生命を得るにはそれ以上なにも要しないと思われるからである。だが、この章はその確言を含んでいるばかりではなく、さらにまた、年老いた人が、別の世界へ移りゆく(墓に入るのではない)まぎわに、もし彼がなんらかの思想の担い手であり、しかも子弟をあとに残してゆくとすれば当然いだくであろう感情を、きわめて適切にいい表している。とくに第一一節*2・一四節・一五節にはそういう感情のありのままの真実がこもっていて、そのことからだけでも、この思い出(福音書)の記者はよほどの老人だろうと、確実に推定することができよう。これはまた、人生の最後の行路の上になおも時おり落ちてくるただ一の哀愁の影でもあろう。もっとも、それは、もうすぐに、そのあとに開かれる未来の行路の光にあかあかと照らされるのであるが。

 この世においても、人生の比較的重大な一時期から他の時期に移るときには、必ずこのような哀愁感をともなうものである。第四節がいくらかでもあてはまる場合というのは、いつもごくまれにしか起らないものだが、その場合でさえ、やはりそうである。

 この種の悲しみがときおり現れたら、その前の第一六章二〇節*3ないし二二節の言葉によってそれをのり越えるようにし、また、予想されるものごとはとかく困難に見えるが、現実の事柄はそれ自体のうちに困難を克服する力をふくんでいて、かえって容易なものだという、しばしばなされる経験の力をもかりて、そのような悲しみを乗り切らなければならない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「永遠の命とは、唯一のまことの神でいますあなたと、またあなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることである。」

*2:「わたしはもうこの世にはいなくなりますが、彼らはこの世に残っており、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに賜った御名によって彼らを守って下さい。……」

*3:「よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたは泣き悲しむが、この世は喜ぶであろう。あなたがたは憂えているが、その憂いは喜びに変るであろう。」