蜀犬 日に吠ゆ

1919-10-31

[][]十月三十一日 神に使える生活よりも はてなブックマーク - 十月三十一日 神に使える生活よりも - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 詩篇第二三、二五、三二篇、イザヤ書第四九、五四章。神に使える生活よりも「興味のある」生活はない。それは、深淵をくぐりぬけ、歓喜にみちた天上の谷々を通って、登ったり降ったり、限りなく大きな内的躍動をともなう生活であり、しかも、途中で出会うすべての危険がつねによい結果をもって終るのである。

 この生活はもとより「やわらかな憩いのしとね」ではない。だが、この地上の生活から何よりもまず「霊といのち」とを求め、また、好んで意義あることや非凡なことを体験したいと望む人びとにとっては、ほかのどんな生活もこの生活とは比べものにならない。しかも、この生活は、だれでもが、すべての人のために、いたるところで、ひとしくこれに入ることができる。自分の力を、もっとつまらぬことに浪費している人は、気の毒である。ユング・シュティリング*1の『郷愁』は、この生活について、いささかロマンティックではあるが、よく描いている。歴代志下二〇の二〇。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:ユング・シュティリング(一七四〇―一八一七)、ドイツの著述家、自伝的著作が多く、『郷愁』四巻も彼の敬虔主義的信仰生活を書いたもの。(訳者注)

1919-10-30

[][]十月三十日 これは最大の賜物で はてなブックマーク - 十月三十日 これは最大の賜物で - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 ヨハネによる福音書二〇の二一―二三*1。これは最大の賜物であり、全権委任であるが、しかしそれは、ある教会とか、一定の聖職とかに与えられるのではなくて、キリストの真の弟子一人ひとりに授けられるものである。だが、その人はこの賜物を実際に用うべきであって、恐れをいだいたり、あるいは、人びとのさまざまな長所に眼をくらまされたりしてはならない。ヨハネによる福音書二〇の二一・二九、一七の二五、イザヤ書五四の一七、四三の一八。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「イエスはまた彼らに言われた、『安かれ。父がわたしをおつかわしになったように、わたしもまたあなたがたをつかわす』。そう言って、彼らに息を吹きかけて仰せになった。『聖霊を受けよ。あなたがたが許す罪は、だれの罪でも許され、あなたがたが許さずにおく罪は、そのまま残るであろう』。」

1919-10-29

[][]十月二十九日 悪は、今のところ、たしかに はてなブックマーク - 十月二十九日 悪は、今のところ、たしかに - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 列王記下六の一六*1、歴代志下二〇の三七。悪は、今のところ、たしかにこの世の巨大な力であり、ひろい範囲を領している。それはいぜんとしてこの世の王であるが、しかし「裁かれた」王であって、その支配権を「しだいに」放棄しなくてはならないだろう。

 それゆえ、この王はいつも恐れているのだ。われわれはそのことを考慮にいれてよろしい。そして、彼の強気は、せいぜい傲慢(ピブリス)にすぎず、これは普通、完全な没落の前ぶれなのである。

 しかし、善の方でもまた恐れるならば(これは残念ながら涙っぽい説教やさわがしい宣伝、多くの信仰書や雑誌などで、実にしばしば見受けることころだ)、それによって善は、悪にたいするその優越性の主な根拠を、たちまち失ってしまう。最もよい事柄でも、勇気が欠けていると、それだけですでに、全く、あるいは半ば、くりかえし駄目になってしまった(たとえば宗教改革、クロンウェルの共和政治、オランダの自由国、独立戦争後のドイツ、南北戦争後のアメリカ、アフリカのブール人の国、わがスイスの最もすぐれた憲法条文など)。そこで、いくどもまた新しくやり直さねばならない。若い人たちに善への勇気を教え込むことができれば、それは現代のあらゆる教育のとりわけよい仕事となるであろう。およそこの要点を欠く教育は、大した意義のないものである。ところが、たとえばわがスイスの学校では、むしろその反対のもの、すなわち、唯物主義の讃美や、単なる世才の謳歌を、教えられてきた。だから、われわれは、よりよい道を自分で探さねばならなかった。

 ヨハネによる福音書三の一九*2、士師記五の三一。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「エリシヤは言った、『恐れることはない。われわれとともにいる者は彼らとともにいる者よりも多いのだから』。」

*2:「そのさばきというのは、光がこの世にきたのに、人々はその行いが悪いために、光よりもやみの方を愛したことである。」

1919-10-28

[][]十月二十八日 争いごとの際には はてなブックマーク - 十月二十八日 争いごとの際には - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 なにか争いごとの際には、より多く正しいがわの人が、まず、すこし譲ってやらねばならない。そうでない相手がわは、ゆずることなどとてもできないのが常である。なぜなら、不正というものは、強い奴隷のくさりであって、奴隷みずからそれを断ち切ることは、とうていできないからだ。

 だから、相手がまだそうすることを許すうちに――というのは、あなたに対しての彼の意志はまだ自由なのだから――、あなたの方から譲って彼に力を貸してやるがよい。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-27

[][]十月二十七日 社会主義者もやはり彼ら特有の偉大さを はてなブックマーク - 十月二十七日 社会主義者もやはり彼ら特有の偉大さを - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 社会主義者もやはり彼ら特有の偉大さをそなえている、すなわち、彼らと民衆のつながりは最も直接であり、また、民衆のためにする彼らの苦心は、部分的に、神が彼らを通じて行い給う、そのみ業ともいえる。社会主義者の強みは、彼らの根本見解のこのような部分的正しさにあるのであって、彼らの煽動の仕方にあるのではない。彼らは、神の無意識のしもべと考えられねばならない。だから、その無神論にもかかわらず(そのほかの点ではわれわれすべてもそうであるが)、彼らも神の寛容のもとにあるのだ。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-26

[][]十月二十六日 善い事業であればすべて はてなブックマーク - 十月二十六日 善い事業であればすべて - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 善い事業であればすべてそれに直接関与するということは、必要でもなく、また、できることでもない。ひとにはそれぞれ、特にその人にゆだねられている、限られた分野がある。しかし関心だけならば、この世で行われるすべての善事に対して、これを持つことができる。自分で仕事をすることと、関心をもつこと(すなわち、その仕事を知り、好意をよせ、その成功のためとりなしの祈りをすること)とは、同じではない。しかし、この場合でも、たとえただわずかにせよ金銭を寄附することが、その関心を活発に維持し、その事業にある程度の結びつきを持たせることは事実である。だから、そのために、かようなすべての事業にささげる特別な貯金箱を用意しておくことは、価値あることであり、その上には神の祝福が宿るのである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-25

[][]十月二十五日 どんな人も精神的に健康を はてなブックマーク - 十月二十五日 どんな人も精神的に健康を - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 ある程度は、他人のために心配したり、はたらいたりしなければ、どんな人も精神的に健康をたもつことはできない。だから、家族のためにしばしばつらい仕事をしなければならない忠実な母親たち、自分のつとめをただ賃金のための関係だとは解していない正直なお手伝い、すすんで任務をはたす勇敢な兵士、勤め先きの工場の繁栄もそれ相当に大事にする善良な労働者たち、こういう人びとは、金持ちのなまけ者よりも幸福である。だから、前へ進め、「働いて絶望しないこと」である。

 しかし、自分ひとりのためだけではいけない。それでは十分な満足は得られない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-24

[][]十月二十四日 神経の衰弱はまず はてなブックマーク - 十月二十四日 神経の衰弱はまず - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 神経の衰弱は、まず、音にたいする敏感、頭脳や足の疲労感、そして最後に、不眠によって気づかれるのが普通である。それに対する処置は、十分な睡眠、温かさ、新鮮な空気、運動、軽くてよい栄養である(しかし、アルコールやそれに類するものは絶対にいけない)、そしてなお、それらのものが精神的高揚と結びついていることが大切である。このような時に、往々、「主よ、お助けください」と叫んでも、「おお、信仰のうすい者よ、なぜ疑うのか」という答えを聞くこともよくある。だが、この答えにもかかわらず、やはり助けは与えられる。マタイによる福音書一四の三〇・三一*1、八の二六。そしてはげしい風は、まもなくおさまるのが常である。もし風がつづくようなら、一日か二日ベッドのなかでやすむのも、きき目がある。神経を無視することはできないが、またそれ甘やかしてもいけない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「しかし風を見て恐ろしくなり、そしておぼれかけたので、彼(ペテロ)は叫んで、『主よ、お助けください』と言った。イエスはすぐ手を伸ばして彼をつかまえて言われた、『信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか』。ふたりが船に乗り込むと、風はやんでしまった。」

1919-10-23

[][]十月二十三日 なにか疲れを はてなブックマーク - 十月二十三日 なにか疲れを - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 高齢になると、あなたはいつもなにか疲れをおぼえるであろう。神のそば近くある、というこの世の楽園も、それを防いではくれない。しかし、この疲れは、一方で日々あらたに贈られる天上からの力や、また、救いを待ちのぞみながらも、それをあまり早く得たいと願わない忍耐と、結びついたものである。実は、このような忍耐そのものが、すでに平和にみちた、ひとを幸福にする感情なのである。

 われわれは眼を将来にそそぎながらも、みずからよろこんで現在の生活にとどまっていたい。主は、いつかわれわれをこの勤労の生活から召されるであろうが、われわれは自分でそれを捨てようとは思わない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-22

[][]十月二十二日 精神的健康 はてなブックマーク - 十月二十二日 精神的健康 - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 昨日述べたのは、精神的健康のことである。われわれは、単なる肉体的健康によりも、むしろ精神的健康の方に、大きな価値をおくものである。そのうえ、精神的健康がなければ、肉体的健康も、必ずしも完全と見なすわけにはゆかない。

 おそらく、こう言うことができよう、心身ともに完全に健康であって、どんな時にもつねに正しいことを行う心構えをもち、すべて精神的に有害なものをたやすく克服する能力を持っていること、これが人生の幸福を得る肝腎な点である、と。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-21

[][]十月二十一日 人間の天性が十分に「訓練」されて はてなブックマーク - 十月二十一日 人間の天性が十分に「訓練」されて - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 人間の天性が十分に「訓練」されて、ついにはすべての善をみずからすすんで、べつだん熟慮しなくても全く自然におこない、また、すべての悪にたいして嫌悪をおぼえるようになったら、それは、この世における最も正しいことであり、かつ、ひとが到達しうる最高の段階である。そうなれば、その人間はまさに神のみこころにかなったものであり、人間がこの地上でなりうるかぎりのものとなったのである。これが、われわれの地上生活の目標であり、そこにまでわれわれは達しなければならない。

 これこそが、世間の人に感銘を与えるただ一つのものである。というのは、そうなれば、この世の中のすぐれた人たちも、やはりその目標に到達したいと願うからである。

 これが、生れ故郷におけるわれわれの使命である。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-20

[][]十月二十日 神の恵みと助けとが示されるのは はてなブックマーク - 十月二十日 神の恵みと助けとが示されるのは - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 神の恵みと助けとが示されるのは、とくに困難な時期に、いつもわれわれの暗い運命のどこかある一点が明るくされることによってである。ときには、ある一つの方向に進むと、困難や心配がもはやなくなってしまうという、実にめざましい仕方でそれが示されることもよくある。

 いたるところ光ばかりになって、もはや影が全くすこしもないという状態は、それこそ「永遠の平安の境地」である。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-19

[][]十月十九日 克服してしまったと思っていた内的・外的の試煉や誘惑が はてなブックマーク - 十月十九日 克服してしまったと思っていた内的・外的の試煉や誘惑が - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 われわれがもうとっくに克服してしまったと思っていた、内的・外的の試煉や誘惑が、より高い人生の段階においてもなお、くり返されることがよくある。そうしたことが起っても、あまり驚かないがよい。こういう場合こそ、すでに獲得した人生観が真価を発揮するのである。そのとき、ある人たちはペシミスティックになってこう言うだろう、すなわち、人生はもともと偶然の残酷なたわむれか、それとも有害な人たちのきままなたわむれかにすぎず、それが果てしなくつづくものだ、これに対する最終的な安らぎは、要するに死においてよりほかにはないだろう、と。ところが、他の人びとはこう言う、これまで、神は同じような場合にいつも助けてくださった、こんどもまた、しかも、なお最後まで、助けて下さるにちがいない。そうしたらさらに、より高い生活に入る希望が待っているのだ。そこの生活では、その他の点はどんな状態であるにもせよ、とにかく、この世のおもな困難はもはや起りえない、と。

 だから、しばらくのあいだなお辛抱して信頼を失わないことが、なにより大切である。そうすれば、すべてを勝ちとることができる。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-18

[][]十月十八日 わたしのたましいをこのひとやから出し はてなブックマーク - 十月十八日 わたしのたましいをこのひとやから出し - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 「わたしのたましいをこのひとやから出し、み名に感謝させてください」(詩篇一四二の七)。これはアッシジの聖フランチェスコの最後の言葉でもあった。そしてまた、おそらくわれわれの最後の言葉となるかもしれない。というのは、全体として考えると、老年において多くの苦しみをともなうこの肉体的存在は、自由と、より善き、さまたげなき活動能力とを渇望するたましいにとって、ますます牢獄として感じられるからである。

 箴言四の十八*1

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「正しい者の道は、夜明けの光のようだ。、いよいよ輝きを増して真昼となる。」

1919-10-17

[][]十月十七日 内的進歩をとげたいと願うならば、心理学を はてなブックマーク - 十月十七日 内的進歩をとげたいと願うならば、心理学を - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あなたがすみやかに、内的進歩をとげたいと願うならば、心理学をいくらか学ばねばならない。だから、そのこについて、すこし聞いていただきたい。

 人間のもっとも悪い性質は、ねたみと虚栄心である。おまけに、この二つは結びついて、悪い性格の基礎をなしているのが普通である。それゆえ、福音書もまた、ユダヤ人の最高の宗教的権威者たちが「ねたみ」と恐怖のためにキリストをローマに引き渡した、と報じている(マタイによる福音書二七の一八*1ヨハネによる福音書一一の四七・四八*2)。だから、あらゆる高い進歩の敵である、このねたみと虚栄心とは、いかなる代価を払っても、ぜひ根絶しなければならない。しかし、このことはただ、神の恵みゆたかな助けによってのみなしうるのである。

 自然のままの人間においても、ときおり、このような悪い性質が全くない人や、あるいはわずかしかない場合もある。しかし、そんな人の場合には、こんどは高慢や人間蔑視という、同じように大きな悪に代っているだけのことがある。わたし個人のことをいえば、後の方の悪徳へ陥る傾向だけしかなかったが、後年にいたるまで、しじゅう、それと戦いつづけねばならなかった。もし多くの苦しい体験をなめず、ことに、キリストへの愛がなかったら、私はこれらの悪徳からのがれることができなかったであろう。元来、人間に対する尊敬や同情は、それが単なる恐怖や官能的なものでない場合には、このようなキリストへの愛にもとづくのである。

 また、キリストは、人間蔑視者から人類を救う者でもある。われわれは、キリストのために「兄弟」たちを愛するのであって、彼らが兄弟だから愛するのではない。あとのように言うのは、神学的心理学の大きな誤りである。現にキリストみずからも言っている、私を愛しない者は父をも愛しない、と。われわれは、安んじてこう言いそえることができる、兄弟をも愛しない、と。

 われわれはキリストを、主および師とすることなしには、そもそも兄弟を、兄弟と認めないものである。

 ねたみと虚栄心の持ち主自身が、なにより深く心打たれて、ほんとうに自分を改善しようと思いたつのは、かような性質を持たない人を目のあたり見る時である。彼らは最初それを信じえないかもしれない。しかし、彼らにしても、時おり、このような自分の弱点を痛いほど意識して、それから脱け出したいと思うこともある。だが、そうするのに必要な勇気を、まず実例に接して、持たなければならないのである。

 こんな場合、彼らは普通、キリストをそのような規範だとは見なさない。それは、一方では、彼らがおよそキリストをあまりにも知らないか、あるいは、理解しないからだが、他方では、彼をあまりにも人間として考えないからである。そこで彼らは、ただ彼らの知合いの人たちばかりに眼をそそぎ、たえず、また長い間にわたって吟味しながら観察することになる。このような人の例を、わたしみずから経験してきたので、この点でも、経験から語っているわけである。

 善をなし、偉大に至る能力のために、人間の本性を尊敬するということを学ぶのは、家庭ではめったになく、学校や上流社会では全然その機械がなく、おそらく、「身分の低い人」を観察することで、かえってそれを学ぶであろう。われわれは、キリストの次には、まずこのような人びとを愛し、その次に初めて、ほかの人びとを愛するようになる。これはまた、ダーウィンや近代的自然科学者が提唱する貴族主義的進化論に対立する、民主主義的人生観の基礎でもある。人間における偉大さは、神のはかりしれぬ恵みによって生じるのであって、自然淘汰や遺伝によるものではない。

 そこで、このような家庭全体を心理的に説明すると、おそらく次のように言うことができよう、すなわち、神の恵みにあずかることを、すべて人生の宝や、その点での他人の優越よりも高く評価するようになれば、その人は、ねたみや虚栄心への素質をも、みずから捨て去ることができる。すると、ほかの、おそらくもっと悪い素質をもった人びとも、このような実例を見て初めて、自分もかような「神の子らの自由」をもとめようとする勇気を得ることになる。

 ヨハネの黙示録二一の七*3、詩篇一四〇、一四一、一四二の八、九五の一・七・八・一〇。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「彼らがイエスを引きわたしたのは、ねたみのためであることが、ピラトにはよくわかっていた。」

*2:「そこで、祭司長たちとパリサイ人たちとは、議会を召集して言った。『この人が多くのしるしを行っているのに、お互いは何をしているのだ。もしこのままにしておけば、みんなが彼を信じるようになるだろう。そのうえ、ローマ人がやってきて、わたしたちの土地も人民も奪ってしまうであろう』。」

*3:「勝利を得る者は、これらの受け継ぐであろう。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。」

1919-10-16

[][]十月十六日 証明された神とはすなわち はてなブックマーク - 十月十六日 証明された神とはすなわち - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 証明された神とはすなわちこの世界である。という気のきいた言葉は、それ自身、実に多くの意味を含んでいる。というのは、一面において、すべて、神の証明というものは、はなはだわざとらしいもので、また、たいてい非常に薄弱な根拠にもとづいており、従ってただ、世俗的・教会的な目的にしか役立たないからである。また、他面において、われわれの地上の悟性にとって神の証明が不可能だということは、いわば神の崇高と偉大さから当然のことである。しかし、神を愛するすべての人びとには、神はつねに、人生の事実を通して実感することができ、かつ経験しうる存在であろう。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-15

[][]十月十五日 愛はつねに はてなブックマーク - 十月十五日 愛はつねに - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 愛はつねに、見るからにこころよいものである。幼い子が小さな猫や小鳥やうさぎや、いや、それどころか、木ぼりの人形を、ただやさしく抱いている時でさえ、人間らしい自己教育が行われているという感じを受ける。これと反対に、学校教育のシステムは、いたずらに名誉心を刺戟するもので、若い人たちを一つの誤った軌道にみちびき、人生においてひたすらこの道を踏みつづければ、最後に彼らは、かならず野心家で、完全なエゴイストとなるにちがいない。そこで、キリストもまた、愛が姿を変えたような種類の罪にたいしては、おどろくほど寛大である。なぜなら、こうした罪は、少なくともほかの罪ほどひどく心を「石にする」ことがないからである。だから、このような人びとは、まだ罪のゆるしを受け、回心の機会に接する見込みがより多く残されているわけである。この点においても、われわれはキリストに従うがよろしい。

 ルカによる福音書七の四七―五〇*1、エゼキエル書三六の二五・二六。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「それであなたに言うが、この女は多く愛したから、その多くの罪はゆるされているのである。少しだけゆるされた者は、少しだけしか愛さない。……」

1919-10-14

[][]十月十四日 枯れた骨とは今日の教会を はてなブックマーク - 十月十四日 枯れた骨とは今日の教会を - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 エゼキエル書第三七章。このようなことが、今や、まもなく起るにちがいない。枯れた骨とは、今日の教会を意味している。しかし、天上からの風が、すでに骨の上を吹きわたり、これらの、死に捉われたもののなかに、動く音がし始めている。

 エゼキエル書三六の二―八、二五―二八。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-13

[][]十月十三日 あなたの生活プログラムのなかから はてなブックマーク - 十月十三日 あなたの生活プログラムのなかから - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あなたの生活プログラムのなかから、すべての無益な仕事、あるいは、すべての単なる怠惰を一掃するがよい。いや、そればかりでなく、あらゆる不必要な、そして実のりのない仕事をのぞき去るがよい。そんな事だけしかやらないような、すべての団体や集会から、さらにはそのような教会からさえ、脱退するがよい。このようにして救世軍は起ったのだし、さらには、その昔、キリスト教も、なお多くの他の偉大なことも、起って来たのである。しかし、この世の中では、有益で必要な仕事よりも、むしろ無益な仕事の方が、つねにより多くの名誉とむすびつき、それを与えられ、しかも、もっと多くの報酬を受けている。こういうことに耐えうるようにならねばならない。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-12

[][]十月十二日 善と悪とのたたかいは はてなブックマーク - 十月十二日 善と悪とのたたかいは - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 善と悪とのたたかいは、常に、また到るところで、行われている。善悪の彼岸などという者はなく、ただ、両者の程度の多少があるだけである。あるいは、善と悪のはっきりしない混合物も、実にしばしば見かけるものだ。このような混合物は、われわれのあらゆる制度、すなわち、国家、境界、教育、結婚、家庭などの中に、事実上存在している。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-11

[][]十月十一日 善を行う人びとのがわに はてなブックマーク - 十月十一日 善を行う人びとのがわに - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 断固として、善を行う人びとのがわに立ちなさい。悪の全勢力に対抗するこの大きな「救世軍」の勇敢な一兵士になるがよい。

 また、これを標準として、他人を判断しなさい。民衆をだまして、そうでない別の方向へそらせようとしても、決してながくは成功しないであろう。誤った評価を下すのは、ただ「教養ある」階級の人だけだ。彼らの判断は、習いおぼえた偏見によってゆがめられているからである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-10

[][]十月十日 人間の魂というものは はてなブックマーク - 十月十日 人間の魂というものは - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 人間の魂というものは、それが幼児の魂、あるいは犯罪者の魂でさえも、その人と神とだけのものである。われわれは無理矢理に、または、押しつけがましく、人の魂を思いのままに扱ったり、魂のなかに押し入ったりしてはならない。このことは、たとえ法律によって、ある人間の肉体的存在を自由に取扱うことが許されている場合でさえ、そうである。

 ただ愛だけは、「あなたの心をわたしに与えなさい」(箴言二三の二六)と求めることが許される、けれどもそれは、こちらも自分の心を、しかも、こちらからまず最初に与えることによって、である。

 もし神にも何か法則というものがあるとすれば、この自然の法則には、神みずからも従われるであろう。事実、多くの人びとが神を愛しないのは、きまって必ず先に与えられる神の愛が、見えないからである。だから、神がまず人間を愛し給うたことを、たえずくり返してほめそやす説教師は、愚か者である。神にとって、愛することは単に必然的であったのだから。

 どんな人間でもこのような感情を本能的にもっているもので、まことの愛の根底も息吹をも感じさせないすべての「伝道」や教化に対しては、だれでも抵抗を覚える。このような愛は、それをただ装(よそ)うことも、また空虚な言葉をもって代えることもできない。

 たいていの子供たちが、その両親や教師たちを愛しないのも、実にこのためである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-09

[][]十月九日 人を愛したいと思うなら はてなブックマーク - 十月九日 人を愛したいと思うなら - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 人を愛したいと思うなら、――しかも、これはすべての人間教育に肝要なことだが――さばくことをやめなくてはならない。

 どんな幼児や生徒、またはそのほかどんな人間でも、彼らと精神的関係に入るかぎり、あなたが彼らをさばいているかどうか、彼らは本能的に感づくものである。すると、彼らにも、キリストがマタイによる福音書七の二*1で言っていることが、起こってくる。つまり、彼らもまたさばくのである、しかも厳しい尺度でもって。こうなるともう、信頼のきずなは切れ、憎悪と不信の隔ての壁がきずかれて、あらゆる真の教育はさまたげられる。われわれのすべての学校や、多くの家庭が、この病いにかかっている。高等動物を調教する場合でさえ、その通りだということは、馬や犬のことにくわしい人なら、だれでもそう言うことができる。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。」

1919-10-08

[][]十月八日 人間と世界について知れば知るほど はてなブックマーク - 十月八日 人間と世界について知れば知るほど - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 われわれは人間と世界について知れば知るほど、キリストの偉大な人間知に驚かざるをえないし、また同様に、彼の世界観の代りに別の世界観を立てようとする人たちの愚かさにもおどろくにちがいない。

 このような態度の底には、人間知の明らかな欠如がある。あなたはこのことをよく理解して、いわゆる「理想主義」などを、もはや口にしないようにするがよい。反対に、まことの理想主義とは、事物をその見せかけのように見ないで、真実あるがままに見ることである。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-07

[][]十月七日 悪は攻撃を受けると はてなブックマーク - 十月七日 悪は攻撃を受けると - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 悪は、攻撃を受けるとかならず抵抗する。これは全く自然なことである。しかし(次のことはあまり理解されないことが多いが)、善が全く「非攻撃的」に出ようとする場合ですら、悪はやはり自分を防御せずにいられない。というのも、実はたいてい、悪の代表者が弱いためにほかならない。なぜなら、光がただ照すだけで、闇はただちに退散しなければならぬからだ。つまり、闇は光とならんで存在しつづけることができないので、光の存在そのものが、つねに闇にたいする攻撃となるわけだ。それゆえ、闇はかならず光を排斥しようとつとめる。それはいろんな方法でおこなわれ、ときには成功することもある、ことに光のにせものを使うことによって。つまり、たいていの人においては、彼らの光そのものが、実は一種の闇なのだ。特に、多くの哲学や、さまざまな種類のいわゆる「啓蒙主義」が一般にそうである。それらは光ではなく、光のように見えたり、また光と思われたりする、一種の闇にすぎない。

 キリストの出現は、かつて暗いこの世にあらわれた最大の光であった。その時以来、この光はもはや全く消え去ったことがない。しかし、それは時にあぶなげにゆらめくこともあるが、かならずそのあとまた一段と静かにもえつづけるにちがいない。

 ヨハネによる福音書一の六―一二、ルカによる福音書一一の五二。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

1919-10-06

[][]十月六日 あなたはただ光でありさすれば はてなブックマーク - 十月六日 あなたはただ光でありさすれば - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 「起きよ、光を放て。あなたの光が臨み、主の栄光があなたの上にのぼったから。」(イザヤ書六〇の一)。――あなたはただ光でありさえすればよい、そうすればきっと輝くだろう。なるほど、闇はあなたを消すために、できるだけのことをこころみるであろう。しかし、それにさまたげられることなく、光つづけさせるものが、つねに闇そのものの中に含まれている。なぜなら、闇もやはりやみと呼ばれるのを好まず、光とか、開明とか呼ばれたいからである。ヨハネによる福音書八の一二*1、九の三九。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、闇のうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう。」

1919-10-05

[][]十月五日 この世はあなたを愛しいない時には はてなブックマーク - 十月五日 この世はあなたを愛しいない時には - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 この世は、あなたを愛しない時には、いつも、いくらかあなたを憎むであろう。この世が愛するのは、心身ともにこの世に属するものだけである。

 ヨハネによる福音書一五の一八―二四*1。あなたはこの憎しみに耐えることを学び、そんなことをあまり過大に考えないようにしなくてはならない。これはどうしようもないものであり、また、あなたの活動に必要なその価値と誉れとは、神が配慮して下さるであろう。したがって、それもまた信仰の一つの試煉なのである。ヨハネによる福音書五の四四。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「もしこの世があなたを憎むならば、あなたがたより先きにわたしを憎んだことを、知っておくがよい。もしあなたがたがこの世から出たものであったなら、この世は、あなたがたを自分のものとして愛したであろう。しかし、あなたがたはこの世のものではない。かえって、わたしがあなたがたをこの世から選び出したのである。だからこの世はあなたがたを憎むのである。」

1919-10-04

[][]十月四日 静かに真理を語れ はてなブックマーク - 十月四日 静かに真理を語れ - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 静かに真理を語れ。少なくとも、あまり激越的な論争的な調子でなければ、それで結構である。しかし、そのためには、ぜひとも「真理のみ霊」を持っていなければならない。この霊は生まれながらに人間に宿るものではなく、また教会やそのほかの団体にも存しないもので、一人ひとりの人間にたいする神の個別的な賜物である。

 ヨハネによる福音書一四の一七、一六の一三、一五の二六*1

 このことは、元来、すべての重要な教会法の、また、あらゆる個人的自由の、根本思想である。そして、特にこれは、真のカルヴァン主義のなした偉大な業績であり、あらゆる真にすぐれた人びとのもつ感化力の根元でもある。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「それは真理のみ霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けとることができない。あなたがたはそれを知っている。なぜなら、それはあなたがたとともにおり、またあなたがたのうちにいるからである。」「けれども真理のみ霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう。」「わたしが父のみもとからあなたがたにつかわそうとしている助け主、すなわち、父のみもとから来る真理のみ霊が下る時、それはわたしについてあかしするであろう。」

1919-10-03

[][]十月三日 「社会問題」に実践的にもっと深く はてなブックマーク - 十月三日 「社会問題」に実践的にもっと深く - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あなたが「社会問題」に実践的にもっと深く携わってみたいというのなら、むろんそれに対してすこしも異論はないし、また、それをする機会も十分にある。これに反して、その単なる理論的研究は、あなたに大して役に立たないばかりか、その上、それについて書いたものなら、すでにいやというほどである。

 しかし、この問題の最もよい解決策は実践力あるキリスト教だ、という考えを、しっかり持ちつづけてもらいたい。この信仰がなければ、どんなよい考えをもった人でも、その大きな任務を遂行するのに必要な、普段の意志力と忍耐力とを欠くことになる。それどころか、憎悪や、嫉妬や、運命にたいする不満、などの悪い情念からの解放ということが、零落した貧しい階級をその悲惨から引き出すべき社会的モーターの動輪*1によってなされるとすれば、倫理的秩序との一致を欠くことになる。しかし、この秩序に逆らって戦うことは絶対に不可能なことである。このことは、いずれ近いうちに、新しく証明されるであろう。ヨハネによる福音書一三の三四*2、六の一五・二六・二七。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:唯物論的社会主義運動を指すのであろうか。(訳者注)

*2:「わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える、互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」

1919-10-02

[][]十月二日 元気を失うな、勇敢な人であれ はてなブックマーク - 十月二日 元気を失うな、勇敢な人であれ - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 「元気を失うな、勇敢な人であれ、慰めはしかるべき時にかならず来るであろう。」

 この老トマス・ア・ケンビスの言葉は、苦しい時期にしばしば、わたしの心のなかで呼びかけられた。そして、やがて慰めがかならず与えられた。もっとも、それはたいてい、慰めが切に必要なときになって初めて与えられるもので、決してそれ以前ではなかった。というのは、われわれは、神以外のどんなものにも慰めを求めてはならぬことを学び、また、自分では力のたくわえを少しでも持ってはならないからである。コリント人への第二の手紙四の七―九*1。一二の七―一〇、ヨハネによる福音書一二の四八―五〇、ルカによる福音書一八の八、二一の二八。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことがあらわれるためである。わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。迫害にあっても見捨てられない。倒されても亡びない。」

1919-10-01

[][]十月一日 突然たましいの悲しみに はてなブックマーク - 十月一日 突然たましいの悲しみに - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

十月一日

 ヨハネによる福音書一二の二七・三一・三五・三六、詩篇八九の二〇―五二。

 ひとは、かなり内的に進んだ生活においてさえ、しばしば、突然たましいの悲しみにおちいるときがある、しかも、ほかの時ならおそらくほとんど気にもかけないような明白な原因のために。それでも、そういう時には、まるでわれわれの内から光が消え失せたように思われたり、あるいは、まるでわれわれがある見知らぬ敵の力にゆだねられでもしたように感じられる。多分、こんな場合には、われわれの理解できないような何かが起るのかもしれない。こういう時期には、できるだけ口かずを少なくし、行いをつつしみ、ひたすら神に次のように祈りつづけるのが最もよい仕方である、「わたしたちの抵抗力がつきはてぬうちに、この時をすみやかに過ぎゆかせて下さい」と。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

ヨハネによる福音書

JOHN 12

人の子はあげられる

27 「今、わたしは心騒ぐ。何と言おうか。『父よ、わたしをこの時から救って下さい』と言おうか。しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ。

27 "Now My soul is troubled, and what shall I say? 'Father, save Me from this hour'? But for this purpose I came to this hour.

31 今こそ、この世が裁かれる時。今、この世の支配者が追放される。

31 Now is the judgment of this world; now the ruler of this world will be cast out.

35 イエスは言われた。「光は、いましばらく、あなたがたの間にある。暗闇に追いつかれないように、光のあるうちに歩きなさい。暗闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのか分からない。

35 Then Jesus said to them, "A little while you have the light, lest darkness overtake you; he who walks in darkness does not know where hi is going.

36 光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい。

36 While you have the light, believe in the light, that you may become sons of light." These things Jesus spoke, and departed, and was hidden from them.

新共同訳『新約聖書』ギデオン協会