蜀犬 日に吠ゆ

1919-10-17

[][]十月十七日 内的進歩をとげたいと願うならば、心理学を はてなブックマーク - 十月十七日 内的進歩をとげたいと願うならば、心理学を - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 あなたがすみやかに、内的進歩をとげたいと願うならば、心理学をいくらか学ばねばならない。だから、そのこについて、すこし聞いていただきたい。

 人間のもっとも悪い性質は、ねたみと虚栄心である。おまけに、この二つは結びついて、悪い性格の基礎をなしているのが普通である。それゆえ、福音書もまた、ユダヤ人の最高の宗教的権威者たちが「ねたみ」と恐怖のためにキリストをローマに引き渡した、と報じている(マタイによる福音書二七の一八*1ヨハネによる福音書一一の四七・四八*2)。だから、あらゆる高い進歩の敵である、このねたみと虚栄心とは、いかなる代価を払っても、ぜひ根絶しなければならない。しかし、このことはただ、神の恵みゆたかな助けによってのみなしうるのである。

 自然のままの人間においても、ときおり、このような悪い性質が全くない人や、あるいはわずかしかない場合もある。しかし、そんな人の場合には、こんどは高慢や人間蔑視という、同じように大きな悪に代っているだけのことがある。わたし個人のことをいえば、後の方の悪徳へ陥る傾向だけしかなかったが、後年にいたるまで、しじゅう、それと戦いつづけねばならなかった。もし多くの苦しい体験をなめず、ことに、キリストへの愛がなかったら、私はこれらの悪徳からのがれることができなかったであろう。元来、人間に対する尊敬や同情は、それが単なる恐怖や官能的なものでない場合には、このようなキリストへの愛にもとづくのである。

 また、キリストは、人間蔑視者から人類を救う者でもある。われわれは、キリストのために「兄弟」たちを愛するのであって、彼らが兄弟だから愛するのではない。あとのように言うのは、神学的心理学の大きな誤りである。現にキリストみずからも言っている、私を愛しない者は父をも愛しない、と。われわれは、安んじてこう言いそえることができる、兄弟をも愛しない、と。

 われわれはキリストを、主および師とすることなしには、そもそも兄弟を、兄弟と認めないものである。

 ねたみと虚栄心の持ち主自身が、なにより深く心打たれて、ほんとうに自分を改善しようと思いたつのは、かような性質を持たない人を目のあたり見る時である。彼らは最初それを信じえないかもしれない。しかし、彼らにしても、時おり、このような自分の弱点を痛いほど意識して、それから脱け出したいと思うこともある。だが、そうするのに必要な勇気を、まず実例に接して、持たなければならないのである。

 こんな場合、彼らは普通、キリストをそのような規範だとは見なさない。それは、一方では、彼らがおよそキリストをあまりにも知らないか、あるいは、理解しないからだが、他方では、彼をあまりにも人間として考えないからである。そこで彼らは、ただ彼らの知合いの人たちばかりに眼をそそぎ、たえず、また長い間にわたって吟味しながら観察することになる。このような人の例を、わたしみずから経験してきたので、この点でも、経験から語っているわけである。

 善をなし、偉大に至る能力のために、人間の本性を尊敬するということを学ぶのは、家庭ではめったになく、学校や上流社会では全然その機械がなく、おそらく、「身分の低い人」を観察することで、かえってそれを学ぶであろう。われわれは、キリストの次には、まずこのような人びとを愛し、その次に初めて、ほかの人びとを愛するようになる。これはまた、ダーウィンや近代的自然科学者が提唱する貴族主義的進化論に対立する、民主主義的人生観の基礎でもある。人間における偉大さは、神のはかりしれぬ恵みによって生じるのであって、自然淘汰や遺伝によるものではない。

 そこで、このような家庭全体を心理的に説明すると、おそらく次のように言うことができよう、すなわち、神の恵みにあずかることを、すべて人生の宝や、その点での他人の優越よりも高く評価するようになれば、その人は、ねたみや虚栄心への素質をも、みずから捨て去ることができる。すると、ほかの、おそらくもっと悪い素質をもった人びとも、このような実例を見て初めて、自分もかような「神の子らの自由」をもとめようとする勇気を得ることになる。

 ヨハネの黙示録二一の七*3、詩篇一四〇、一四一、一四二の八、九五の一・七・八・一〇。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「彼らがイエスを引きわたしたのは、ねたみのためであることが、ピラトにはよくわかっていた。」

*2:「そこで、祭司長たちとパリサイ人たちとは、議会を召集して言った。『この人が多くのしるしを行っているのに、お互いは何をしているのだ。もしこのままにしておけば、みんなが彼を信じるようになるだろう。そのうえ、ローマ人がやってきて、わたしたちの土地も人民も奪ってしまうであろう』。」

*3:「勝利を得る者は、これらの受け継ぐであろう。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。」