蜀犬 日に吠ゆ

1919-11-04

[][]十一月四日 現存する対立を覆いかくしたり はてなブックマーク - 十一月四日 現存する対立を覆いかくしたり - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 エレミヤ書一五の一五―二一。ここに述べられている主の答えは、あなたもいつか同じような境遇におちいったときに、肝に銘じることであろう。とくに、この中で注目すべきことは、現存する対立を覆いかくしたり、または、表面だけの「寛大」により、また一時よく言われたように、「仲裁」により「和解をはかる」べきではなくて、対立を対立のままに認むべきだということである。このことは、これまでの例でいうと、シュライエルマッヘルやリッチル流の神学にあてはまる。また現代では、対立が一層はげしくなって以来、殊にそのことは、無神論の別名にすぎぬいわゆる「近代的世界観」全体にもあてはまるし、あるいは、個別的には、ゲーテ風の美的生活享受についてもいえる。この思想も、同じように、その根拠は哲学的無神論以外のなにものでもない。

 だからといって、これらの意見の違う人びとを、教会がかつてその全盛時代にしたように、やき殺す必要はない。しかし、われわれは違った考えをいだいていることを、すべての人が知らねばならない。「寛容」が同情から出ている場合とか、全く真実な信仰告白の実際上の非常な困難さをみずから経験したことから生じた場合には、それは正しいものである。しかし、黒を白と言ったり、または、現代の多くの若い神学者や説教家の流儀で、キリストが復活しなかったとしても、復活したのとその意味にかわりはない、などと説明するような寛容は、正しいものではない。この場合は、むしろ、善良な無神論者(そういう者もいる)の方が、まだしもわれわれには好ましいし、神の前でも悦ばれると思う。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫