蜀犬 日に吠ゆ

1919-11-05

[][]十一月五日 時にはわれわれも、一時の疲労や、不機嫌や厭世観のために はてなブックマーク - 十一月五日 時にはわれわれも、一時の疲労や、不機嫌や厭世観のために - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 ヨハネによる福音書二一の三・一六―一八、列王記一九の四・一〇・一八。時にはわれわれも、一時の疲労や、不機嫌や厭世観のために、神の仕事を眼に見える成果を収めることもなく続けるよりも、むしろ魚とりに出かけるか、それとも死んでしまった方がましだと思うこともある。だが、神が絶望したエリアをどんなにやさしく慰めたか、また、キリストが、心ゆらいで頼りにならないペテロ(後まで彼は決して堅い「岩」ではなかった)を、どれほど寛大にになだめたか、しかも、後者の場合、今後彼の気ままな態度がすべてやんで、神の導きが始まるにちがいない、というまことに意味ぶかい言葉が添えられたのは、感動すべき事柄である。

 われわれが自分の仕事の成果をことごとく見るというわけにいかず、それどころか、おそらくその最もよい成果をさえ見ることができない、ということは、いくらかでも人生の経験をつんだ人にとっては、むしろ大いに慰めとなるものだ。なぜなら、われわれは自分の仕事を、人間のために、また人間の賞讃をうるために、なすべきではないからである。また、仰々しい「崇拝者」は通常、われわれの真の友ではなくて、迫害がはじまると、さっそく叛くか、離れ去るかする人たちである。このことは、わたしみずからも経験した。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫