蜀犬 日に吠ゆ

1919-11-10

[][]十一月十日 つねに悪にうち勝つことのできる神に信頼せよ はてなブックマーク - 十一月十日 つねに悪にうち勝つことのできる神に信頼せよ - 蜀犬 日に吠ゆ

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 イザヤ書三一の五、三二の一〇、三三の一一、四一の一〇―一四*1

 「神を恐れよ、そしてその他のなにものをも恐れるな。」この、いささか大見得をきったきらいのあるビスマルクの言葉は、元来よい言葉といえよう。しかし、実情が果してこれに一致したかどうか、いいかえれば、これが今日のドイツや、そのほかの世界にあてはまるかどうかは、たしかに全く別の問題であって、それに対する答えはもっと威勢のよくないものである。わたしとしては、ずっとより現実的に、こう言うべきだと思う、悪を恐れよ、しかし、つねに悪にうち勝つことのできる神に信頼せよ、と。真の偉人たちはみなそう考えた。クロンウェル、ルター、ツヴィングリ、カルヴァン、ブリュッヘル、シャルンホルスト、アブラハム・リンカーンゴルドンなどそうであるし、いや、それのみか、すべてにまさって偉大なキリスト自身が、根本的には、やはりそう考えられていた。キリストも、まえもって激しい逡巡なしにこの世のために死に赴いたわけでは決してない(マタイによる福音書二六の三七・三八*2、二七の四六、ヘブル人への手紙五の七・八)。かずかずの戦いのうちに年老いた勇敢な軍人たちも、みなそう考える。それよりほかに考えようがないものだ。あなたも、年をとるにつれてますます、トルストイがあんなに感動深く書いた『闇の力』(トルストイには同名の作品がある。)を、本当によく分るようになるだろう。しかしまた、神の力についても深く知るようになろう。悪はしょせん神のしもべであって、マニ教の説くような神の敵対者(ライバル)ではない。われわれは、悪について、それ以上のことを知らないが、それだけは確実にわかっている。エペソ人への手紙六の一二、同胞教会讃美歌六五七番、六六二番、六七〇番。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:「恐れてはならない。わたしはあなたとともにいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。……」

*2:「そしてペテロとゼベタイの子ふたりを連れて行かれたが、悲しみを催しまた悩みはじめられた。そのとき、彼らに言われた、『わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、わたしと一緒に目をさましていなさい』。」「そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』と言われた。それは『わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか』という意味である。」