蜀犬 日に吠ゆ

1919-12-06

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眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

眠られぬ夜のために〈第2部〉 (岩波文庫)

 コヘーレス*1、すなわち、伝道の書の第一章から第三章は、人間生活とそのさまざまの目的に関する、本来きわめて正しい考察をふくんでいる。三千年後の今日でも、もしひとがただ「生の楽しみを味わいつくす」ことだけを求めるならば、たしかに、そうした心境*2におちいる。カーライルによれば、最もよいのは、「働いて、絶望しない」ことだという。しかし、それができる人、また、それを欲する人は、きわめて少ない。だれひとり喜んでそれをした者はない。こういう「働いて、絶望しない」だけの生活は、ひとが真に願っている力づよい生活の、貧しい代用品にすぎない。だから、神のめぐみのうちにあって、単純に「キリストの冠と聖約のために」という旗じるしに従って生きる方が、一層よいであろう。これこそ、この地上では、心をみたすものにちがいない。「休息は、別のところで*3」である。

 ただこの気高いオランダ人(かつてあれほど高邁な気性をもった、この小民族の偉大な時代に生まれた人)の、美しい言葉でさえも、われわれが心にもっと強い気力を感じるときには、その口まねをしようとは思うまい。それよりも、むしろ古代ゲルマンのヴァルハラ*4の観念、つまり、そこでは絶えず戦いが行われ、戦いがなければ英雄たちはおよそ生きたいと思わなかったという、そのような天国への希望に似たものが、われわれの精神に目ざめるであろう。そして、完全な安息だの、さらにマホメット教的な豪奢な楽園の夢などが、心に浮かぶことはあるまい。

ヒルティ著 草間平作・大和邦太郎訳『眠られぬ夜のために』第二部 岩波文庫

*1:伝道の書のヘブライ語名、「集会の指導者」の意と言われる。(訳者注)

*2:伝道の書第一章、「伝道者の言葉。空の空、空の空、一切は空である。日の下で人が労するすべての労苦は、その身になんの益があるか。……わたしは日の下で人が行うすべてのわざを見たが、みな空であって風をとらえるようである。……」

*3:オランダの神学者、フィリップ・マルニクス(一五三八―九八)の言葉だろうという

*4:北欧神話、本来は戦没勇士の霊の住む天堂、のちには、英雄の天国、すなわち神オーデンが戦死した英雄たちを集めて饗応する天堂の意となる。(訳者注)