蜀犬 日に吠ゆ

2007-06-24

[]001 あやしい手紙 23:39 はてなブックマーク - 001 あやしい手紙 - 蜀犬 日に吠ゆ

「というのが事件の顛末だったわけさ。」

私の友人であり、また伝説の男の友人でもあるJ・H・ウィルソンは言葉を切った。

「また、ショルメ先生の大活躍だったのですね。ウィルソン博士。」

「ロンドン市民はこれで悪党のうろつく恐怖に怯えなくて住みますね。」

「まあ、大抵そうだとは言えるだろうね。」

博士はじっと、私のことを見つめた。

「アーサー。君はまた、これを発表しようとしているね。」

「真実を伝えるのが、いまでは私の使命であると自負するようになりました。もちろん、」と、私は言葉を切り、断言した。

「博士、そしてその大切なご友人であるショルメ先生の心配なさるところは了解しています。事件の場所や年代、関係した人物はもちろん、お二人が特定されるなどということのないように配慮させていただきます。」

「シャーロック・ホームズか」

「アナグラムでつくったにしては上出来の名前だね。」

暖炉で勢いよく薪がはぜった。しばらくの沈黙ののち、私はもう幾度となく繰り返した言葉を、性懲りもなく口にした。

「私が、ショルメ先生にお会いすることはできないのでしょうか。」

「そのことなら、何度も言ったよ、アーサー。彼は極度の人嫌いだ。(僕は何度もそういったし、君は何度もそれを書いたはずだ。)彼は自分の手法を公開することで、悪を滅ぼす知恵と技術を持った人が一人でも増えればいいと願っている。君が考えるように、社交界よろしく文壇デビューして時の人になろうとするのは、ショルメも僕も望むところではないよ。」

「しかし」

「しかしもかかしもないよ」

「でも」

「デモもストライキもないよ」

「ら、フランス」

「洋なし(用なし)だよ。」

「?」博士は自分で自分のツッコミに驚いたようだ。「アーサー、大丈夫か。気が変になったのじゃあないか(降霊術は控えめに、と忠告したはずだがなあ)」

「違いますよ、博士、今朝私のところに届いた雑誌があるのですが。」

「なんだ、『ジュセトゥ』?ルブランの件は確か君に任せてあったね。」

「ええ、ホームズの名前を使用するなという抗議を受けて、改訂された版が出たようなのですが、見てください。」「これは……」「エルロック・ショルメ、ウィルソン。あのフランス野郎、どうしてこんなことを知り得るんだろう。」

「これは早急にショルメに伝えるべきだな。いや、だがしかし、偶然とは…考えられん。」

「博士、一つ私の考えを述べてもよろしいでしょうか。」「もちろん」

「このルブランの、いわゆる登場人物なのですけれども、「アルセーヌ=ルパン」、の仕業ではないかとは考えられませんか。」

「君は、実に、馬鹿だ。あの作品を読んだならばそんなことはいえまいよ、実に荒唐無稽で噴飯笑止、フィクションとしてだって出来のいい物ではない。」

「いえ、ですからこれは、私も同じ作家の立場ですから(ホームズ物は「ノンフィク」ですがこれで結構SFとかも書いているんです)、ルパンそのものはいやしないにしても、そのモデルとなる犯罪組織なりがあって、ルブランはその手先であるという考え方もできるのではないでしょうか。」

「まあ、いかにも作家らしい意見だねえ。チャレンジャア教授。仮説も実にチャレンジングだ。」

「僕はすぐバーカー街に戻るよ。」

ウィルソン博士は帰り支度を済ませると自ら玄関の扉を開いて、夜のロンドンの空気を吸った。

「ありゃりゃ、こりゃなんだい。」すぐに素っ頓狂な声が聞こえたので私も玄関口に出てみると、これは、子ヤギの死体が血まみれでつるされている。

「博士、こ、これはいったい」

「ううん、ブードゥ教の儀式に使われているものに似ているが…はて」

というと博士は死体にピンで留められているカードをはずし、部屋から漏れる明かりで文面を照らした。

「麗しき友情に アルセーヌ=ルパン」

こうして(後になって振り返ってみると)長々しい夜が始まったのであった。