蜀犬 日に吠ゆ

2008-01-06

伴忠太

年表 巨人の星 00:31 はてなブックマーク - 年表 巨人の星 - 蜀犬 日に吠ゆ

梶原一騎原作・川崎のぼる作画『巨人の星』講談社

作品の中で飛雄馬というのはずいぶん若いのに苦労しているなあ、と思ったのでちょっとまとめてみようと思いました。左腕をこわして野球を捨てざるを得なかったとき、飛雄馬はまだ未成年?とすれば、平均寿命が今よりは短かったとはいえ壮絶な人生ですねえ。

飛雄馬の年齢は誕生日がきたとしての満年齢を、青雲高校の学年から類推。

年代年号時期年齢作中作外
1942昭和17  星一徹が巨人軍に登録
1948昭和23  星一徹が再び巨人軍に登録
1958昭和338長嶋茂雄選手巨人入団記者会見
同年   星飛雄馬がブラックシャドーズの投手として王貞治と対決
1959昭和349王貞治が巨人入団
1962昭和37 12王貞治が一本足打法開眼
1965昭和40 15紅洋高校花形一塁手が甲子園初出場
1966昭和41年16飛雄馬が青雲高校に入学
同年  青雲高校 甲子園準優勝
同年  飛雄馬が高校中退
同年  高校選抜チームハワイ遠征
同年  飛雄馬が巨人の二軍に参加
1967昭和42年17巨人日本シリーズに三連覇
同年  藤村東映二軍監督が飛雄馬の球質を見抜く

ここで疑問。飛雄馬の高校時代は半年もない者でしたが、入学年度ははっきり昭和41年となっています。

(年齢もここから推定しました。)

伴と出会い、一徹がコーチになり、甲子園に出た後牧場先輩をかばって退学。巨人はペナントレース註にもかかわらず入団テストを開く…という展開が続くので年は越していないはず。

ところが、飛雄馬が入団した年、巨人はセリーグで優勝。「いざ 阪急と日本シリーズ」と報道されますが阪急が結成32年目で初優勝を果たしたのは1967(昭和42年)。さっそく矛盾が。

年代年号時期年齢作中作外
1967昭和43年新年18飛雄馬が冬山ごもり
同年  台湾キャンプで金田投手により開眼