蜀犬 日に吠ゆ

2008-06-24

[][][]信じるもののために戦う~~サトクリフ『銀の枝』岩波少年文庫 21:10 はてなブックマーク - 信じるもののために戦う~~サトクリフ『銀の枝』岩波少年文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

ローマ=ブリテンシリーズ第二弾を読了。

昨日の深夜までこれを読んで、今朝も職場に遅刻するギリギリまでかかって読了。

裏切り

 黄昏の帝国ローマ。

 ディオクレティアヌスによる帝国四分割統治(293~305)。西の正帝マキシミアヌスの海軍を統率していたカロウシウスはブリテンに拠って皇帝を称する。マキシミアヌスはその独立を認めざるを得ず、平和条約を結ぶが、その後を襲うことになるコンスタンチウス=クロルスは和平を無視して北ゴールを占領。今回の主人公ジャスティンは軍隊付外科医。ローマへの忠義定かならぬカロウシウス帝の軍団に配属になります。

物語の前に

 ローマが崩壊したのは、この物語の背景になった時代から百年以上が過ぎてからのことです。それにブリテンから最後のローマ軍団が引きあげ、ルトピエの灯台の明かりが消えて、暗黒時代が始まるまでにはまだ間がありました。しかし、その頃すでに偉大な時代は終わっていました。ローマはあらゆる属州の国境で、野蛮人に悩まされていたのです。一方本国では、将軍たちが皇帝になろうとして戦い、また皇帝たちは権力を得ようとしてたがいに競いあっていたのでした。

 マーカス・アウレリウス・カロウシウスは実在の人物でした。また裏切り者のアレクトスも実在していましたし、アスケルピオドトス将軍も同様でした。コンスタンティウスはもちろん実在した皇帝でした。その息子コンスタンティヌス皇帝は最初のキリスト教徒のローマ皇帝でした。さてほかの登場人物や場所についてはどうでしょうか。

 武器を身に帯びて埋められていたサクソンの戦士の体が、軍団時代のルトピエだった今日のリッチボローの城の掘り割りの中で発見されています。カレバのバシリカ(1)はローマ軍団の占領下の末期に炎上し、その後ざっと再建されました。そして私が書いたもうひとつの《ワシ》の物語(『第九軍団のワシ』)のなかに登場する《ワシ》は、この町の発掘が行われたとき、中央ホールの後ろにある裁判所の部屋のひとつで発見されたものです。今日のシルチェスターであるカレバではまた、一人の男の名が古いアイルランドの文字で記されている石がみつかってもいます。そしてその名はエビカトス、《槍の男》でした。

(1) バシリカ――古代ローマの町の中心部にある広場(フォーラム)に隣接して建てられた長方形の建物。裁判所、取引所、会議場など、公的機関があった一種の公会堂。

ローズマリ・サトクリフ作/猪熊葉子訳『銀の枝』岩波少年文庫

 今回の主題は「裏切り」。主人公ジャスティンはローマを裏切ったとされるカロウシウス帝のもとに配属となり、カロウシウス帝の行為が裏切りなのかどうかに疑問を持ちます。しかもカロウシウス帝は悪辣な裏切りの中に身を置き、ついには命を失います。そしてジャスティンと、その遠縁であるフラビウスはカロウシウス帝への忠義を貫くのです。裏切り者への忠義?ではなく、二人(ジャスティンとフラビウス)はカロウシウスの裏切りはブリテンの民のものであり、それは俯瞰すれば未来のローマ帝国への忠誠であることを理解したためなのです。ローマ帝国は崩壊する、それがみえている者にとって、現在のローマに忠誠を尽くすことは必ずしも正しいわけではない。皇帝の葛藤を理解できた者だけが、正しい忠誠を誓う資格があります。


 燃えるシチュエーションです。そしてジャスティンとフラビウスは、己の忠義を貫き通します。それは「自由」ではないとクーレンに言われますが、信じられる者のために命をなげうつことこそ、自由であると言えるでしょう。とくに、二人はカロウシウス帝に忠義を尽くす理由が別にない(人間に惚れたという個人的理由だけがある)のですから。


 『第九軍団のワシ』を読んだ人間にだけは、ジャスティンとフラビウスをつなぐ絆と、カレバの《ワシ》の秘密がわかっています。それを知ると2倍楽しいのですが、知らなくても十分すぐれた物語であるところが、サトクリフの腕前なのでしょうね。

 なんつーの、ワシが見つかってからおんぼろ軍団の旗印になるまでの流れが完璧というか、それまでやることなすことうまくいっていなかった二人にとって、大きな転換になるのです。その展開に、圧倒されました。