蜀犬 日に吠ゆ

2008-08-04

[][]フランス人の反骨~~安達正勝『フランス反骨変人列伝』集英社文庫 その1 21:27 はてなブックマーク - フランス人の反骨~~安達正勝『フランス反骨変人列伝』集英社文庫 その1 - 蜀犬 日に吠ゆ

 絶対王政から復古旺盛の時代(17~19世紀)のフランスに現れた四人の変人たちの列伝。私はあまり彼らの強烈な個性にフランスらしさや反骨を感じませんでしたが、変人は国境を越えると言うことでしょうか。

フランス反骨変人列伝 (集英社新書)

フランス反骨変人列伝 (集英社新書)

第一章 モンテスパン侯爵

 ”太陽王”ルイ14世の宮廷でその美貌を歌われたモンテスパン侯爵夫人は、実はモンテスパン侯爵の夫人だった!だった!!などと感嘆符をつけるのは、その夫人の存在は知っていましたが、旦那がいることなど考えたこともなかったからです。言われて初めて気がつきました。

 しかも、モンテスパン侯爵夫人というのは単なる時の人というわけではなくて、「公式寵姫」という立場であった由。courtesanは普通高級娼婦の意味で使われる呼び名ですが、王宮においては意味が変わるようです。そして、ブルボン王家にあっては、公式寵姫の夫は高い位を約束された存在となるわけで、むしろ名誉であるにも関わらず、モンテスパン侯爵は太陽王に決然と不敬をはたらくという暴挙に出、そのために受難の後半生を送ることになります。

 しかしこれ、変人かなあ。もちろん、政略結婚が当たり前な中で恋愛結婚を貫き通そうとした(そして裏切った妻を二度と許さなかった)のを当然だと思うのは自由主義的発想だから17世紀のフランスにはなじまなかったとは思いますが、自分の気に入らない事があればたとえ国王にさえも遠慮をしないというのは、「反骨」というより侯爵が「ガスコン」だからだと思う。公爵夫人が寵愛を失って尼僧院に入るとしゃあしゃあと宮廷に復帰してトランプに興じるというのは反骨ではないでしょう。もちろん薄情なわけでもない。ガスコンなのだと思います。

第二章 ネー元帥の悲劇

侍ニッポン : (さむらいニッポン):

西条 八十: 松平 信博: 歌謡曲:


人を斬るのが 侍ならば

恋の未練が なぜ斬れぬ

伸びた月代 さびしく撫でて

新納鶴千代 にが笑い


昨日勤王 明日は佐幕

その日 その日の 出来心

どうせおいらは 裏切者よ

野暮な大小 落とし差し

 激動の時代にあって、勝ち馬に乗った人はあとから称讃されます。しかし激動の中にある人たちはそれを知ることができないので、各々理想に燃えたり、勝ち負けが決まるまで様子見をしたり、あるいは裏切りを繰り返したりします。ネーは理想に殉じ理想に生きようとして、しかも自らの行動がことごとく理想と仲間とを裏切る。そんな悲劇。

 ネーはロレーヌの樽職人のことして生まれ、軍に参加する。おりしもフランス革命により門閥が否定される中であったため、ネーは実力で将軍に登用された。おなじようにコルシカの貧乏貴族を出自とするナポレオンも将軍から皇帝へと上り詰め、ネーを元帥に叙任する。

 しかし諸国民戦争の結果ナポレオンは敗れる。ネーは王政復古で即位したルイ18世からじきじきに依頼され、フランス軍にとどまる。ネーにとって忠誠を誓うのは「国王」でも「皇帝」でもなく、ただひたすら「祖国」だったためですが、それが悲劇の始まりでした。

 1815年、ナポレオンはエルバ島を脱出して皇帝に復位します。世に言う「百日天下」ですが、その復活劇もまた、ドラマチックでした。そもそもフランス軍はナポレオンが組織した国民軍であり、王家への忠誠よりも自由と勝利を体現した元皇帝に対する思いのほうが強かったのです。

ルサール少佐はいったんは部隊に撤退を命じたが、思い直し、ナポレオンの軍団に向き合わせた。

 ランドン大尉が「撃て!」と兵士たちに号令をかけたが、誰も撃たなかった。

 ナポレオンが一人で守備隊のほうに歩み寄ってきた。

「第五連隊の兵士諸君、私は諸君の皇帝である。私のことがおわかりか!」

 ナポレオンはさらに数歩近づき、コートの前を開いた。

「もし諸君の中に、諸君の皇帝を殺したいと思う兵士が一人でもいるなら、ほら、私はこのとおりだ!」

 一瞬の沈黙の後、「皇帝万歳!」という叫び声が第五連隊の兵士たちの中から湧き起こった。

 兵士たちは身につけていたブルボン家の白色徽章をむしり取り、ナポレオンの周りに群がり、ナポレオンのコートや剣や軍靴にさわった。

 こうして、ラフレ隘路に派遣された第五連隊の兵士たちは丸ごとナポレオン軍団に加わり、一緒にグルノーブルに進撃することになった。

安達正勝『フランス反骨変人列伝』集英社新書

 一人で前に進み出るあたりがナポレオンの真骨頂なのでしょう。ブルボン家やハプスブルク家がボナパルトをおそれるわけがわかるぜ(クロトワ風)。

 快進撃はつづく。

 アルトワ伯爵とマクドナルド元帥は八日にリヨンに着いた。ここでナポレオンの進撃を食い止めようというのが、当初からの作戦だった。しかし、リヨンに派遣されるはずだった三万の兵士はまだ到着しておらず、駐屯軍3個連隊と国民衛兵隊六千しかいなかった。しかも、ナポレオンに立ち向かおうとする兵士は一人も見あたらないという有様だった。それでも、マクドナルド元帥はとにかく兵士たちに働きかけてみることにした。

 マクドナルド元帥は兵士たちを広場に集めて演説した。

「私は諸君の忠誠と愛国心の証しとして、諸君が私の叫び声に答えてくれることしか求めない」

 こう前置きして、元帥はできるかぎり声を張り上げて「国王万歳!」と二度叫んだが、誰一人として応える者がなかった。元帥は、自分だけでは不十分だと思ってアルトワ伯爵を呼んだ。しかし、王弟の「国王万歳!」の呼びかけに応えたのは数人の将校だけだった。怒りで顔を真っ赤にして引き上げていく王弟を兵士たちの「皇帝万歳!」の叫び声が送った。王弟と元帥はなす術もなく、十日の午後、前後してリヨンを離れた。

安達正勝『フランス反骨変人列伝』集英社新書

 こういう最悪の状況の中でネーはナポレオンを捕縛するためリヨンの北ブザンソンに到着。守備兵は四、五百。やむをえずしてふたたびナポレオンの軍門に下る。ナポレオンはむしろネーの愛国心を理解してこれを容れたが、歴史の流れはナポレオンをセントヘレナへ、ネーを処刑場へと送る。

 しかし、これも「反骨」かといわれるとそれほどでもない。時代の流れと真逆に進んでしまっただけという気もします。

これで二人。

(つづく)