蜀犬 日に吠ゆ

2008-08-05

[][]安達正勝『フランス反骨変人列伝』集英社新書 その2 22:07 はてなブックマーク - 安達正勝『フランス反骨変人列伝』集英社新書 その2 - 蜀犬 日に吠ゆ

その1のつづき

フランス反骨変人列伝 (集英社新書)

フランス反骨変人列伝 (集英社新書)

第三章 犯罪者詩人、ラスネール

犯罪理論の構築

 自分は最後的に社会から拒否された、とラスネールは感じた。自分は正道に戻ろうとしたのに社会は不当にも自分を拒否した。ならば、この不当な社会と自分は戦う。犯罪者として不公正な社会に挑戦する……。

 五年前、わざわざ刑務所に行くために馬車を盗んだ頃の心境に戻ったのである。ただし、今回は最終決定であり、ラスネールは自分の考えを正当化するために、犯罪理論を構築する。

 ラスネールの犯罪理論がどのようなものか、『回想録』にもとづいて紹介したいと思うのだが、『回想録』は牢獄で死に追いまくられながら大急ぎで書かれたものなので、きちんと内容が整理されていない。犯罪理論も、その時々の事柄に応じてあちこちに分散して書かれていて、体系立って述べられてはいない。

 まず、『回想録』から三カ所引用する。


「自分には落ち度がないのに一文無しになってしまった。自分の才能によってまっとうに、この上もなくつつましく金を稼ごうと懸命に努めたのに、拒否され、いたるところで侮蔑された。生活難になり、飢えがやってきた。こうなったとき、人間に対する軽蔑に憎悪が付け加わった。深い、身を苛むような憎悪であり、私は全人類をこの憎悪で包み込むにいたった。こうなっては、私は自力の個人的利害のために戦っているのではなかった。社会に対する復讐のために戦っているのであった。これが喜びであったのだから、個人的利害に関わりがありはするのだが、私はもはや自分の安楽は考えていなかった。(中略)しかし、この復讐は、憎しみと同じくらい大きなものであることを私は望んだ。十人や二十人の血で十分だと諸君はお思いか?とんでもない。私は社会の仕組みそのものを、金持ち連中、冷酷でエゴイストの金持ち連中を攻撃したかった。」


「人生の宴の最上等席に座るべく生まれたこの私に、パンを、自分で稼ぎたいと頼んだパンを拒むのである。パン!……もうあなた方には頼まない。今や、私が戦うのはもう生活のためではなく、復讐のためだ。すばらしい考えが頭に浮かんだ。一方に、私は金持ちたちの社会を見た。この者たちは享楽の中にまどろみ、憐憫に対しては心を閉ざす。他方に、私は貧困者たちの社会を見た。彼らはあり余っている人々に、生きるに必要なものをくれるよう求めていた。私は後者の社会に自分を一体化させた。私は後者の社会を擁護し、その社会そのものになった。私は、この人々のために復讐し、金の玉座の上で安閑としている非情な富裕階級を体の芯からえ上がらせてやりたいと思った。そして、富裕階級の人々を不幸な人々の苦しみに敏感にさせ、いつの日か援助の手をさしのべるようにし向けたいと思った。それが身のため、というものだ。私は自分を犠牲にした。そして、誰が私以上にこの役割をよりよく演じられるだろう?私は自分に才能と強い性格があることを知っている。見せびらかしはしなかったので、私の才能は知られないままだが。私は自分に言い聞かせた――社会をやっつけるには、その基礎を、つまり、その道徳を叩かねばならない。ところで、私のような性格の人間以上に、誰がよりよくこれに成功できるであろうか。私なら、後悔の念なく犯罪を犯すことを証明できるし、恥じらいもなく犯罪を告白し、犯罪を栄光とし、行為をともなう唯物論のシステムを構築することができる」

「自分には社会に復讐するという野心があった。これがなければ、通りで行き合わせた最初の人間を殺し、こう叫んだことだろう。『そうだ、殺したのは私だ!あなた方は私に生きることを拒絶したのだから、今は私を殺すがよかろう!』」

 これを整理して、もう少しわかりやすく言うと、次のようになろう――

 自分は本来、社会で華々しく活躍するべき人間だったが、飢えに追い込まれてしまった。正道に戻るための努力は最大限した。身を低くしてさまざまな人に仕事をくれるように頼んだというのに、ことごとく、はねつけられた。自分は不公正な社会の犠牲者なのだ。ゆえに、不公正な社会に復讐する。犯罪者となることによって。ことは、自分一人の問題ではない。この世には、額に汗して懸命に働いても飢えに脅かされる貧しき人々がおり、一方、あり余っているのに不幸な人々には心を閉ざす金持ち連中がいる。このエゴイストの金持ち連中は、飼い犬には餌をやっても、飢えに苦しむ人のことはまったく気にかけない。自分は不幸な貧しき人々の側に立つ。社会の根幹をなすモラルを攻撃し、無慈悲な金持ち連中をえ上がらせてやる。貧しき人々を思いやるのが身のためだと思い知らせてやる。

 道徳、美徳などというものは、支配者階級が自分たちの優位を持続させるためにつくりだしたものだ。貧乏人が不満をもって自分たちの支配をくつがえそうとさせないために。貧乏人には美徳を強要し、自分たちは美徳を無視する。自分たちは富の上に安住し、貧乏人には貧苦を耐え忍ぶようにさせる。金持ち連中の本心は、こうだ――

貧乏人よ、美徳はお前のものだ!貧乏人よ、惨めさはお前のものだ!

 悪徳と満ち足りた生活はわれわれのものだ。

お前たちは文句を言わずに死ね、それがお前たちの運命じゃないか?

われわれの生活をかき乱すことなく死ね、さもなければ、お前たちは悪党だ。

ラスネール「最後の歌」より
安達正勝『フランス反骨変人列伝』集英社新書

 うーん、温故知新といいますか、現代日本でもこういう話題にノリノリな人が沢山いますね。

眠いので(つづく)