蜀犬 日に吠ゆ

2008-08-24

アルドゥスの紋章

[][]雑学としての語学~~柳沼重剛『語学者の散歩道』岩波現代文庫 21:55 はてなブックマーク - 雑学としての語学~~柳沼重剛『語学者の散歩道』岩波現代文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 柳沼先生の著作が文庫化。『西洋古典こぼれ話』ファンなものですから、一も二もなく購入。

語学者の散歩道 (岩波現代文庫)

語学者の散歩道 (岩波現代文庫)

 とにかく雑学の知識がふんだんに盛り込まれていて楽しい。

'It's Greek to me'考

 シェークスピアの『ジュリアス・シーザー』で、まさに死にゆくシーザーが、そこだけラテン語で「Et tu, Brute?」(ブルータスよ、お前もか)というのだが、ローマの伝記作家スエトニウス(1C後半―2C後半)の『ローマ皇帝伝』をみると、当然地の文がラテン語であるわけですが、シーザーは「Kai su, teknon?」(わが子よ、おまえもか)ということになっています。これは、当時ラテン人にとって、ギリシア語は教養人のことばと認識されていたので、ちょっとかっこつけたときには彼らはギリシア語で話したことからそうなるという。殺すがわの一人キャスカも、兄弟に「おい、手を貸せ」と、ギリシア語で叫んだとプルタルコスが書いているそうです。

 シェークスピアの劇では地の文が英語であり、教養あることを示す格付けにはラテン語が採用された、ということなのですが、二十三カ所もさされつつもなおギリシア語で殺し合う双方は、柳沼先生が言うように凄いとしかいいようがありません。

 で、It's Greek to me とは「ちんぷんかんぷん」のことで、カエサルが転換の発作で倒れたときにキケロが冗談を飛ばした、と報告するキャスカが「でも、私にギリシア語はちょっと…」という話らしい。『ジュリアス・シーザー』にそんなシーンありましたっけ?健忘症ですねえ、私。もちろん、キャスカはギリシア語を理解したのでこれはシェークスピアの創作なのですが、かりにキケロが、教養人にしかわからないように冗談を飛ばしたいとき、一体何語を使えば良かったのかは気になるところです。

 もっとも本文の首題は、英語では「Greek」が、仏語では「C'est de I'hebreu pour moi.」つまりヘブライ語、ドイツは「chinesisch」(中国語)でいうが、中国は新しいことばであるとして、いつ頃成立したのであろうか、よくわからない、ということなのです。

Rは犬の字

 巻き舌の「R-R-R-R」は獣のうなり声に使われるという話。現代でもコミックでは犬のうなり声や自動車のエンジン音の擬音として「R」は使われているそうです。

 それよりも、アリストパネス先生(前5C後半―前4C初)*1の擬音は面白いですね。

 なにしろ彼は、蛙を「プレケケケックス、コアックス、コアックス」と鳴かせたり、鳥のさえずりを「エポポポイ、ポポイ、ポポポポイ、ポイ」だの、「ティオティオ、ティオティオ、ティオティオ、ティオンクス」だのと書いた人だから

 自由すぎる、のか?

 呉智英夫子がギリシア悲劇を見たときに女性が「おととおとと、ぽい」と泣くのでびっくりした話をエッセイに書いていましたが、ひょっとするとアリストパネス先生の喜劇だったのではないでしょうか。

Festina lente

 Festina lente「ゆっくり急げ」というのはもともとSpeude bradeos(スプエウデ・ブラデオース)というギリシア語で知られ、アウグストゥスなども気に入りにしていましたが、エラスムスが知り合いのアルドゥス・マヌティウスに、ウェスパシアヌスの銀貨に描かれた図案の解説をしたときにラテン語で説明したことからラテン語の諺として広まったものであろうとの話。

 その図案とは、「ゆっくり」を象徴する錨と「速さ」を表す海豚であり、アルドゥスはこれを自分の紋章にしたそうです。

 こんな風に、興味は尽きない。楽しい。

 しかし巻末に気になる表現がありまして、

 本書は一九九一年十月、研究社出版より刊行された。文庫収録に際しては、単行本版より七篇のエッセイを割愛し、『図書』に掲載された四篇のエッセイを追加した。

 文庫版は全体で18篇、ということは、単行本は21篇あって、それを七篇も割愛したって、勘弁してほしい。つい「干しイチジクをempodizoする時みてえに口をぽかーんと開け」てしましました。嘘です。

*1:この人に先生をつけるのは、『ひょっこりひょうたん島』アラビアンナイト編で、王女がドンガバチョを騙すために「あなたの才能は世界的に有名で、あのアリストパーネス先生も褒めていらっしゃったわ」というシーンに由来します。それでドンガバチョも「ええ、あのアリストパーネス先生が私のことを!」とか感激するのですが、どうでもいいか、そんなこと。