蜀犬 日に吠ゆ

2008-10-11

圧倒的なフユちゃん

[][]愛と別れ~~施川ユウキ『サナギさん』6 秋田書店 17:39 はてなブックマーク - 愛と別れ~~施川ユウキ『サナギさん』6 秋田書店 - 蜀犬 日に吠ゆ

サナギさん 6 (少年チャンピオン・コミックス)

サナギさん 6 (少年チャンピオン・コミックス)

 サナギさん最終巻。作者が何巻だかのあとがきで言っていたように、『サナギさん』の世界には少々の毒がありますが、それは基本的にサナギさんたちの暮らす世界が平穏で、その故にサナギさんたちは過激な妄想の世界に遊ぶのだという作品。

 前作『酢めし疑獄』が逆に殺伐とした世界観、全身を包帯に巻かれて入院している少年の夢のなかで繰り広げられる物語であったのとはちょうど対をなすわけです。『酢めし』では、たとえば毒ガス室で絶体絶命のなかでも思春期探偵が太平楽を並べるといった感じのギャグでしたね。


 で、どちらが好きかというと私は『酢めし』の方が好きなのですが、『サナギさん』もサナギさんで面白い。言葉遊びの練度でいえば、施川作品中でフユちゃんが圧倒的。サナギさんとの友情に甘えて毒を吐く吐く。その、「友情に甘えて」というのが見え見えなところが、フユちゃんの魅力だと思います。


 フユちゃんが、「フユちゃん」とよばれているのに「サナギさん」と返すとき。「サナギさんとの思い出」、としれっと言い放つとき、あのつぶらな黒目はサナギさんのことしか見えていないのではないか?と心配になったりします。サナギさんは他のお友達にも積極的に話しに行っているのに、フユちゃんは基本単独では行動しないからなあ。あまり詳しくないですケド、「ツンデレ」というブームがなにか成果を残せたとしたら、私はそれはフユちゃんというキャラクタだと思います。

 最終回らしい最終回、「楽しい時間を/楽しいまま/ずーっと止めて/おけたらいいのにね」は、この漫画にしてはわざとらしい台詞ですが、逆にいままで現実世界とリンクせずに続いてきた『サナギさん』が、いきなり読者である私にメッセージを送ってきたところに驚きと、そして寂しさがあります。雑誌で読んだときには「なんだかいつものサナギさんらしくない」とか思っていましたが、それでフユちゃんが『サナギさん』最終回のアオリ*1を見て、驚きと、寂しさを覚えたことが思い出されました。で、関係ないけれども『ドカベン』に腹を立てたりね。山田太郎は楽しいまま無限に時間を繰り返しますしね。


 でも、私たちが楽しい時間を楽しいまま止めておけるかと言えば、それは不可能でしょう。それは私たち人類の背負う「原罪」だからです。ミルトンの『失楽園』が本棚に見あたらないので引用は避けますが、神さまは、楽園での日々を「人」とその「女」(男尊女卑的な、イヤな表現ではありますがご容赦ください。)に約束しましたが、人類がそれを裏切りました。


 だから、楽しいときは止めて置けない。だから、さよなら、『サナギさん』

*1:煽っているわけではないときの名称は何というのでしょう。