蜀犬 日に吠ゆ

2008-11-16

[][]どこで切っても、僕は僕~~グレアム・グリーン 丸谷才一訳『ブライトン・ロック』ハヤカワepi文庫 21:56 はてなブックマーク - どこで切っても、僕は僕~~グレアム・グリーン 丸谷才一訳『ブライトン・ロック』ハヤカワepi文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 マキァヴェリの『君主論』がマイク・タイソンの本であると言うのなら、『ブライトン・ロック』は、僕たちの本だよ。悪や暴力を社会や生まれのせいにするつもりはありませんがね。

 諸星大二郎「地獄の戦士」『夢見る機械』ジャンプスーパーコミックス のラストは、主人公の「知らなかったぜ、ずっと地獄にいたなんて」というしみじみとした述懐で閉じられます。海辺の行楽地ブライトンもまた、地獄。

 地獄にいるのなら、悪が魂を染め抜いていなければならないはず。

 裏表紙より。


 海辺の行楽地ブライトンに巣喰う十七歳の不良少年ピンキー。つねに硫酸と剃刀を持ち歩き、どんな暴力をもいとわない少年はまさしく悪の化身だった。

グレアム・グリーン『ブライトン・ロック』ハヤカワepi文庫

 ネルソン・プレイスに生まれたものにとって、「悪」は生きる力の一部でしかなく、ピンキーは「悪」を道具のように使いこなすことができると信じるが故に魂を絡めとられてしまいます。「酒」から距離をおいていたはずなのに良心を偽るために酒に溺れ、「愛」をだしにして官憲の手を逃れようとしますが愛のためにすべてを失います。


 「遊び」と名づけられた欲望においてはなにをかいわんや。「悪」を嫌悪し続けるためには、財産と権力と、そして下層の人間の命など蚊が刺したほどの痛痒もなしに忘れてしまえるだけの余裕が必要なのです。


 「ブライトン・ロック」では「善」と「悪」、「正」と「不正」が交錯して殺人や裏切りが展開しますが、物語が始まる前にカイトがむごたらしく殺されたことの「善悪」には、悪に身をそめた善なるピンキー以外に思いだすものすらいません。ピンキーを「悪の化身」とよぶのであれば、「悪」とは正義のあらわれではないのでしょうか。


 そして、ローズ。「愛」ということと「土曜日の夜」と「結婚式が終わってから」。


 不正に巻き込まれた悪徳弁護士はストレスで胃潰瘍を患う。

「ときどき私は」とミスタ・プルウィットが言った、「公園で素裸になってみたいような衝動を感ずるのです」

グレアム・グリーン『ブライトン・ロック』ハヤカワepi文庫

 しかしそれさえできず、家の前を通勤するタイピストの女性たちを眺めて妄想に耽る。


ミスタ・プルウィットは言った、「ファウストが、地獄はどこにあるかと訊ねたとき、メフィストフェレスの答えた文句を知ってますか? 『ほら、ここが地獄なんですよ、私たちは逃れるわけにはいかないんです』とメフィストフェレスは答えた」。

グレアム・グリーン『ブライトン・ロック』ハヤカワepi文庫

 もう一度言うなら、これは僕たちの本だよ。