蜀犬 日に吠ゆ

2008-12-10

[][]肉で元気~~丸谷才一『綾とりで天の川』文春文庫 18:03 はてなブックマーク - 肉で元気~~丸谷才一『綾とりで天の川』文春文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 丸谷先生の文藝春秋エッセイ、新しいのを買ってきました。

綾とりで天の川 (文春文庫)

綾とりで天の川 (文春文庫)

 今回、解説が高島俊男先生でした。週刊文春の連載を再開して欲しいです。

 内容はいつもの雑談。


 で、高島先生の解説。

解説

 しかり、丸谷才一はバケモノである。

 珍重すべき、羨むべきバケモノだ。

 それが証拠。昭和の二十年代に文業を始めて、平成の二十年になって依然バリバリ書きつづけていらっしゃる。なかなか、人間業でない。

 その体力、魄力のヒミツは何か。

 小生のにらむところ、それは牛肉ですね。

 いや、ヒミツとかにらむとかいうほどのことじゃございません。ご本人がこの本のなかで書いていらっしゃる。子供の時から牛肉には目がなかった。いまでもランプを一キロ買ってきてロースト・ビーフにして食う、とその作りかたをくわしく説いていらっしゃる。

 え?ランプですか?そうねえ、小生が知っているランプは昔の燈火だけだけど、そんなもの一キロ買ってきてもしようがないし、それにあれはキロで売るものではなさそうだし、この場合は牛肉のどこかの部位なんでしょうね。

丸谷才一『綾とりで天の川』文春文庫

 たしかにこの巻では牛肉を始め食べる話題がいくつかあったので、気になってはいましたが、しみじみ思えばそうですよね、丸谷先生の年齢からするととても牛肉を云々という話題をする気力が(魄力が)尊敬に値します。


  • 牛肉と自由
    • アメリカ語のゼノフォービアに「フロッグ・イーター」というのがあって、そこからイギリスの「ビーフ・イーター」に話が飛びます。これは始め蔑称だったのにいつの間にか自分たちで誇るようになった、「ジョンブル」だって、あれは牛を食うから姓がブルだという話。
  • スターとは何か
    • 『アラン 定義集』を褒める。で、そこから話は『対比列伝』になり、「マリリン・モンローとジャクリーン・ケネディ」の対比列伝へと遷る。
  • 自転車屋の兄弟の伝記作者
    • アメリカでは伝記作者(に未来なる人)が有名人のあとをつけ回す*1わけですが、ライト兄弟の伝記作者はイギリスに譲渡されそうになったフライヤー一号*2をスミソニアン博物館に寄贈するのに一役買う(というか暗躍する)という話。
  • 吉田兼好論
    • 吉田兼好のように硬軟織り交ぜた、呑気な随筆集が「カノン(正典)」扱いされるというのは日本の文化の特徴ではないかという話。途中で、「でも論語も呑気だ」と実も蓋もないことをいって自分で取り消していますけれど、これは丸谷先生牽強付会のために論語を持ち上げすぎ。「宰予が昼から女の人と寝室に入った」という話だけではなくて、「肉と酒は自家製で」とか子游に「ちょっとからかってみたんだよ」とか「ひょうたん、ひょうたん、これがひょうたんかぁ」とか、どうでもいい話では負けてませんよ!
    • 話がそれましたが、江戸期に兼好法師の人気が出た理由を考察します。「兼好諸国物語」なんてはなしもあって太平記、南北朝の争いにもだいぶ深く関わった、なんて物語も生まれたらしい。
  • 生のものと火にかけたもの
    • ネアンデルタール人。H.G.ウェルズは『気味のわるい奴ら』でホモ=サピエンスを襲う姿を描き、ゴールディングは『後継者たち』でその逆、平和なネアンデルタール人を襲う暴虐なサピを描いたといいます。というかゴールディングは父親がウェルズマニアで、その反発からウェルズに逆らうような作品をしばしば書いたというのは始めて知りました。『蝿の王』しか読んでないからなあ。
    • あと、ネアンデルタールを正面からあつかった小説はなかったんじゃないか、と丸谷先生おっしゃっています。小説ではなくて漫画ですが、細野不二彦『ギャラリーフェイク』にはネアンデルタール人の生き残りとグルジアで出会う話がありましたよ。日本の文化特徴ではなくて、小説の貧弱の方が心配になりませんか。
  • ミイラの研究
    • 福澤諭吉(-1901)の遺体はたまたま屍蝋化していて、1977年に福澤家の墓を一つにまとめるとき、ほんの少しの欠損をのぞいてほぼ完全体で発見されたといいます。福澤家の強い意向で火葬になったといいますが、夏目漱石やアインシュタインの脳みそが珍重されるのですから、惜しいことをしたという話。で、当然のようにレーニン、スターリンのミイラの話になって、イタリア北部エッツ渓谷のミイラの話になります。BC3300年頃のミイラで、体の特徴から携行品から、すべてが一級の考古資料になる、その彼の名前をどうするかということになるわけです。学問的には「イタリア領南チロル自治州ボルツァーノ県セナレス地域ハウスラプヨッホの氷河の、新石器時代後期のミイラ」なのですが、これではあんまりなので「エッツィ」と呼ばれている由。
    • 化石人類では、アフリカ大地峡の「ルーシィ」が有名ですよね。発掘隊がビートルズの「Lucy in the sky」をかけている最中に発見された女性の化石。まあ、氷河のなかの調査では音楽をかける暇はなかったのかもしれませんが、そういう「ゆかり」も好きです。私は。
  • 二つの業界
    • 清水の次郎長の子分に相撲取りが多い話。力士くづれは博徒になりやすい、さすがに「一本刀土俵入」の長谷川伸はよくわかっていたという話。
  • ある婦人科医の考古学的意見
    • 2003年、アントニー・パークス氏なる婦人科医がストーンヘンジの並びは子宮と産道に由来するという説をとなえた話。そしてここからストーンヘンジは生命の誕生に応じた遺跡であるとする。
    • しかし沖縄の亀甲墓のように輪廻の世界観において生は死、始まりは終わり、死は生で終わりは始まりなので、日本の人類学者はアドバイスしてあげるべきではないかしら。
  • 君の瞳に乾杯
    • イングリッド=バーグマンとポール=ヘンリードが飛行機で飛び立つのは西暦何年何月何日?という話。しかもこの答えが「1941年12月7日」だというのだから驚く。後日談のノベライズによると、ハンフリー・ボガード(リック役)はカサブランカにいられなくなってリスボンまで逃走しようとするわけですが、緊急ニュースで「日本軍が真珠湾奇襲」が伝えられる。日本空気読めwww
  • 風評、デマ、流言
    • チャーチルとゲバラは情報の秘匿より公開を好んだ部分「では」似ていた、という話から、風聞の広まりかたについて。ジェームス=ディーンは事故の後も生き残っていた、的な噂が立つのは社交のため(つまり暇つぶし)だという話。
  • 贋作の動機を論ず
    • 遊戯的確信犯。贋作を作ることに生涯をささげる人も珍しくない、という話。
    • 加藤唐九郎、って「美味しんぼ」の唐山陶人先生のモデル?
  • 舟歌考
    • 山形の『最上川舟歌』は「ヴォルガの舟歌」に触発された新しい曲であり、江戸時代から伝わる民謡ではない、という話。
  • 批評家としての勝海舟
    • 勝海舟の長い老後。船酔い体質を否定するくだりは為になりました。で、勝海舟は批評する批評家だった、自分の功績を自慢したいためにあれやこれやいうひとがいますが、そうではなかったという話。
  • 『ギネス・ブック』の半世紀
    • ギネスブックは2001年、ギネスビールの親会社ダイアジェオによってガレイン・エンタテインメントに身売りされた、というのはどうでもよくて、ギネスブックの主要な読者は8歳から12歳の男の子である由。フロイトは子供の一人遊びを、全能者へ近づく行為と分析したそうで、丸谷先生は色川武大の「両手相撲」を例に挙げますが、世界を創造してそれを破壊する行為が、一人遊びのなかには含まれているそうで、その時にギネスブックは、平凡なままで世界に対峙しなければならない子供を世界とダイレクトにつなげる働きを持っているそうです。
  • シャーロック・ホームズの家系
    • ドイルの親戚には画家が多いのにホームズの周りにはいないという話。
  • 野球いろは歌留多
    • い いはゆる一つのプロ野球
    • から
    • 京 京のゆめ優勝の夢
    • まで。2004年の作品ですからね。北京ではあんなに監督批判が巻き起こると予測できた人は少なかったのではないでしょうか。

*1:きちんと本人と契約する

*2:例の飛行機