蜀犬 日に吠ゆ

2009-01-10

[][][]名門!儒林館高校スカイダイビング部! 23:09 はてなブックマーク - 名門!儒林館高校スカイダイビング部! - 蜀犬 日に吠ゆ

断片


 絶対ココロの中だけで叫んだ。

「センパイ!センパイの胸に飛び込みたいんです!高度5000フィートから!」

 あたしは、天使じゃない。でも、天使になるのが夢だった。

 タンデムでしか飛べない初心者だから、絶対笑われるから、誰にもいわないけど、センパイの胸に飛び込むのは、あたし。あたしが最初。


 「そろそろ一年坊もパラシュートを用意しないとなあ。」小野センセイはいちいち嘘くさい台詞を吐く。「一年坊」って、バカか。でも、そんなバカは、嫌いじゃない。あたしのいうことを聞いてくれたら、(センパイとの)結婚式にはよんであげてもいいかも。


 今日も、女の子たちが空から降る。でも、天使なのはあたし。センパイの天使なのは。


(筆者より。記録によれば儒林館高校のスカイダイビング部は「初歩的な事故」で活動を自粛することになる。それが、この手記の女の子やその先輩、あるいは関わりのある人物であるかどうかはつまびらかではない。読者のみなさんで考えていただいてもよかろうと思う。それではこれにて? グート・バイ)


[][][]その後の、もしくはその前の話 23:09 はてなブックマーク - その後の、もしくはその前の話 - 蜀犬 日に吠ゆ

その後の、もしくはその前の話

 いつもの悪夢に落ちてゆく感覚を味わいながら、それを止めることができない。いつもとなんの変わりもない。

 少年のころにもどっている。山の上の小さなほこらで泣いている。一緒にいたはずの兄はいない。ほこらの下の深い穴に落ちてしまったのだ。そのことで泣いているわけではない。自分が明後日の夕方に村の人たちの捜索隊に見つけてもらうまで山の上にいなければならない、そのことで泣いているわけではない。兄弟から目を離したことで折檻を受けたねえやが里へ帰されてしまった、そのことで泣いているわけではない。兄が消えたことで母親は正気を失い、来週には生まれたばかりの妹を釜で煮殺してしまう。そのことで泣いているわけではない。


 深い穴は、待っている。それが恐ろしくて泣いている。


 意識はだんだんと眠りと距離をおき、ホテルの一室にまで戻ってきた。日付のかわるまえでちょうどいい。今から出かければ、誰にも会わずにあの山の上にまで行けるはず。体を起こし、準備をする。毛布でくるんだ、かつて女の子だったものを積みこんだ車を飛ばした。

 あのあと、穴に許してもらうために多くの石や木の枝や、蛙や魚、それからどんなものか分からないがたくさんのものを放り込んだ。小学校を卒業すると教科書もランドセルも。とにかくなにかあればそれは穴に放り込んだ。

 それから、穴に呼ばれることはずっとなかった。はずなのに。


 村を出て、穴のことなど忘れたころ、それは夢に出てくるようになった。また、求めているのだ。何を? 何を求めているのだろう。


 思ったよりも山道に手間取ってしまった。あの頃と変わっていないほこらと、深い穴。ずるずると穴の縁にそれを運ぶと、昔となんにも変わらない、穴は底なしのやみへ呑みこんだ。


 しばらくたって、ほこらが火災になりあの穴はどこかの業者が埋め立てることになったと聞いた。


 小石が落ちて、「おーい、でてこーい」と空から声がした。



[][]ニヤリ~~グレアム・グリーン 小津次郎訳『第三の男』ハヤカワepi文庫 21:01 はてなブックマーク - ニヤリ~~グレアム・グリーン 小津次郎訳『第三の男』ハヤカワepi文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 『まんが道』や『トキワ荘実録』でおなじみの『第三の男』、といっても話題になるのは映画版。その原作として構想された小説版を読みました。

第三の男 (ハヤカワepi文庫)

第三の男 (ハヤカワepi文庫)

 もってまわった言い回しになるのは、序文ですでに作者グレアム・グリーン自身がこう言い切っているからです。

『第三の男』は読んでもらうためにではなく、見てもらうために書いたものだ。

グレアム・グリーン 小津次郎訳『第三の男』ハヤカワepi文庫

 

 『第三の男』といえば、なんといっても編集者から逃げる手塚先生。夜の道をダッシュして逃げる神さまと、それを追う各誌の編集。やがて、電柱の後ろにそれらしき人影を見つけるのでありました。

 「先生!」

 「(ニヤリ)」

 この、ニヤリが、原作にはない!ショック!!

目をさまさせられた誰かが、腹立たしげに窓のカーテンを引いたので、灯りが狭い道を横切って、サーッとさした。そうして、ハリー・ライムの顔を照らし出した。

グレアム・グリーン 小津次郎訳『第三の男』ハヤカワepi文庫

 ニヤリとしてくださいよおおお!


 もう一つは、学芸部員となった満賀道雄が仕事で映画を見て、劇評の代わりにイラストを描くシーン。いつもはニヒルな記者も「これはすごーい」とかいって、厳しい虎沢部長もこれはいいと褒めてくれます。そこで印象的だった地下水道のシーンは、ばっちりと出てきました。


 第二次世界大戦直後、四ヵ国占領下のウィーン。旧友ハリー・ライムを訪ねてきたロロ・マーティンスは到着したその日に、ハリーの葬式に立ち会うことになります。しかしその死に方を不審に思ったロロ・マーティンスは彼の死にかくされた真相を探るため、イギリスには帰らずウィーンでの冒険を始め、そして…


 ニヤリ


 ハリーなのか?幽霊なのか?


 ところが、もう一つ、まんが道とちがうのはラストシーン。しかも絶賛された映画のラストとはまったく逆。これも序文で作者は言います。

 キャロル・リードと私との間に生じた、ごく少数の重要な論点の一つは、結末に関するものだったが、結果は彼の見事な勝利であった。私は、この種の娯楽物には不幸な結末は重すぎる、と考えていた。リードとしては、私の結末は――一語も台詞がないから、漠然とはしているが、――ハリーの死を目撃したばかりの観客には、不快を覚えさせるほど皮肉に映るだろう、と感じていた。私は正直に告白するが、彼の説には半信半疑だった。女が墓場から歩いて行く長丁場を、観客はじっと坐ったままで見ているだろうか、映画を見終わってから、これもやっぱり私の結末と同じように紋切り型だという印象を受けるのではないか、と私は思っていた。私はリードの巧妙な演出を十分考慮に入れていなかったし、この段階では、リードがツィター奏者アントン・カラス氏という、みごとな掘出し物をしようとは、二人とも予想すべくもなかった。私がシナリオに書いたのは、ハリー・ライムに結びつくテーマ音楽のようなものを、ということだけだった。

グレアム・グリーン 小津次郎訳『第三の男』ハヤカワepi文庫

 こういうサスペンスものでネタバレバリバリの序文というのが許されるのですから英文学というのは本当に分かりません。というか、ネタバレとかそういうことでかりかりするほうが頭おかしいのでしょうかね。