蜀犬 日に吠ゆ

2009-01-10

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その後の、もしくはその前の話

 いつもの悪夢に落ちてゆく感覚を味わいながら、それを止めることができない。いつもとなんの変わりもない。

 少年のころにもどっている。山の上の小さなほこらで泣いている。一緒にいたはずの兄はいない。ほこらの下の深い穴に落ちてしまったのだ。そのことで泣いているわけではない。自分が明後日の夕方に村の人たちの捜索隊に見つけてもらうまで山の上にいなければならない、そのことで泣いているわけではない。兄弟から目を離したことで折檻を受けたねえやが里へ帰されてしまった、そのことで泣いているわけではない。兄が消えたことで母親は正気を失い、来週には生まれたばかりの妹を釜で煮殺してしまう。そのことで泣いているわけではない。


 深い穴は、待っている。それが恐ろしくて泣いている。


 意識はだんだんと眠りと距離をおき、ホテルの一室にまで戻ってきた。日付のかわるまえでちょうどいい。今から出かければ、誰にも会わずにあの山の上にまで行けるはず。体を起こし、準備をする。毛布でくるんだ、かつて女の子だったものを積みこんだ車を飛ばした。

 あのあと、穴に許してもらうために多くの石や木の枝や、蛙や魚、それからどんなものか分からないがたくさんのものを放り込んだ。小学校を卒業すると教科書もランドセルも。とにかくなにかあればそれは穴に放り込んだ。

 それから、穴に呼ばれることはずっとなかった。はずなのに。


 村を出て、穴のことなど忘れたころ、それは夢に出てくるようになった。また、求めているのだ。何を? 何を求めているのだろう。


 思ったよりも山道に手間取ってしまった。あの頃と変わっていないほこらと、深い穴。ずるずると穴の縁にそれを運ぶと、昔となんにも変わらない、穴は底なしのやみへ呑みこんだ。


 しばらくたって、ほこらが火災になりあの穴はどこかの業者が埋め立てることになったと聞いた。


 小石が落ちて、「おーい、でてこーい」と空から声がした。