蜀犬 日に吠ゆ

2009-01-11

[][]カート・ヴォネガット・ジュニア 伊藤典夫訳『猫のゆりかご』ハヤカワ文庫 21:24 はてなブックマーク - カート・ヴォネガット・ジュニア 伊藤典夫訳『猫のゆりかご』ハヤカワ文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 ヴォネガット先生ばかりよんでいるわけではないんです。しかし、読み終えることができるのはいつも、ヴォネガット。

猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353)

猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353)

 300頁弱の小説で、127章。目次からしておかしい。9頁が目次。

 『世界が終末をむかえた日』という、広島原爆の実録ものを書こうとしているライターが主人公。しかし、彼は作品をまとめ上げることができないまま、手記のかたちでなぜ作品が完成しなかったのか、代わりに何をしたのかを書きとめます。回想録を書いている時点ではすでに主人公はボコノン教に改宗しているため登場人物や出来事はそれぞれボコノンの教えに従うかたちで位置づけられ、価値を決められて書きとめられることになりますが、このくらいの順逆自在はヴォネガット先生としてはふつうでしょうか。

 ボコノン教の教えは、表紙見返しの引用が簡潔。

 本書には真実はいっさいない。


「〈フォーマ*〉を生きるよるべとしなさい。それはあなたを、

勇敢で、親切で、健康で、幸福な人間にする」

   ――『ボコノンの書』第一の書第五節


           *無害な非真実

カート・ヴォネガット・ジュニア 伊藤典夫訳『猫のゆりかご』ハヤカワ文庫

 運命、というか神(もちろん、聖者ボコノンのいう全能の神)の導きによって主人公は原子爆弾の父のひとりである故フィーリクス=ハニカー博士の足跡と、その遺児たちと〈カラース〉になります。

 最終的にはカリブ海に浮かぶ小さな島の独立国サン・ロレンゾで『ボコノンの書』に触れボコノン教徒になり、ボコノン自身とたまたま――”定められていたとおり”とボコノンならいうだろう――であいます。それが終わり。ヴォネガット先生は、自由意志や正義で世界をよくしようとする考え方を痛罵しますが、この『猫のゆりかご』ではもう一つ、科学で人が仕合わせになるという考えも揶揄されますね。科学で人が仕合わせになれると考える人は、仕合わせというのがはっきりした実体をもっていると勘違いするのでしょうけれども、平和とか、友愛とか、豊かさというものが、どこかで発見されたという報告はあったでしょうか。逆に原子爆弾や、アイス・ナインのようなものは次々とつくりだされるしかけ、というわけでしょうねえ。