蜀犬 日に吠ゆ

2009-01-29

[][][]海からやってくるもの~~ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 浅倉久志訳『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』ハヤカワ文庫 21:07 はてなブックマーク - 海からやってくるもの~~ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 浅倉久志訳『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』ハヤカワ文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 ユカタン半島の東海岸に位置するキンタナ・ローで主人公が見聞した幻想譚。エッセイと3短編のオムニバス。

キンタナ・ローのマヤ族に関するノート

 巻頭エッセイ。メキシコと休戦協定を結んだマヤ族のこと。メキシコに味方したアメリカのこと。ユカタンを理解するには、「メキシコ的」なものと「ユカタン的」なものには違いがあることを知るべきこと。云々。

 しかし、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアという男性の筆名を使用する作家であることが巻末の解説で明らかにされているわけで、この述懐もなにかの意図を込めて書かれているのかもしれません。


リリオスの浜に流れついたもの What Came Ashore at Lirios

 農園に居候する主人公のもとにカミナンテ―旅人―があらわれます。

 「マヤ族の旅人(マヤ・カミナンテ)?」

 老人は――といっても、わたしより十も若いのだが――泡を吹き吹き通りすぎるユウレイガニめがけてぺっと唾を吐いた。 「アメ公(グリンゴ)」きびしい横目でわたしをじろりと見あげた。その言葉を使うときはそうするのがこの老人の癖だ。

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 浅倉久志訳『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』ハヤカワ文庫

 主人公はこの旅人を客として迎え、興味深い話を聞きます。しかしそれはすべて幻想かもしれないし、夜のうちに去っていった旅人さえも、幻想ではないと言えましょうか。


水上スキーで永遠をめざした若者 The Boy Who Waterskied to Forever

 スノーケリングの途中で出会った顔見知りの船長から、かつて水上スキーでコスメル島からトゥルムをめざした友達の話を聞きます。モーターボートが最高速で岸をめざし、水上スキーはボートを追い越してそのまま消え去りました。


デッド・リーフの彼方 Beyond the Dead Reef

 マルシアルの経営するレストラン<ブソ>でであったダイバから、デッド・リーフの思い出を聞く。

 そこにあるのは死んだサンゴ礁だけじゃなかった――デッド・リーフの名はそこからきたんだがね。いまでは、その原因が石油と化学洗剤にあると考えられている。あの沖にいるこぎれいな船も、それにひと役買ってるわけだ――だが、そのほかに、あそこには何トンも何トンものごみがあった。ありとあらゆるごみ(バスラ)が積み重なっていた。もちろん、ごみはいたるところにある――本土の海岸にどんなものが打ちあげられてくるかは、ご存じのとおり――しかし、あそこでは潮流とサンゴ礁の関係で、それがうずたかく積み重なっていた。かなり大型で重量のある物――ベッドのスプリングとか、車のシャシーとか――までが仲間入りしていたんだ。いちおう予想されるごみ、たとえば沈没したスキフなどのほかにね。コスメル、パスレロ・デル・カリベ!」

”カリブの宝石”という広告文句をそうもじってから、彼は短い笑い声を上げ、新しい〈カポラル〉に火をつけた。”バスレロ”のいちばん上品な訳語は”ごみ溜め”だ。

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 浅倉久志訳『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』ハヤカワ文庫

 そうしてデッド・リーフを見た者は、デッド・リーフに呼ばれることになる。

どうも表現がまずいな。だが、ひょっとすると海は――それとも自然は、人間の手にかかっておとなしく死んでいったりしないかもしれない……ひょっとすると、死そのものが、恐ろしい生命を備えて逆襲してくるかもしれない。もっと機械的な破滅だけでなしに……」

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 浅倉久志訳『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』ハヤカワ文庫

 海が生命を生み出したとするなら、海には生命を奪う責任もあるのかもしれません。