蜀犬 日に吠ゆ

2009-02-10

[][]佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー 21:55 はてなブックマーク - 佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー - 蜀犬 日に吠ゆ

 古語にかんする咄なのですが、なかでも「文字を余す事好む人多し」は、私が依然疑問に思っていた事だったので興味深く読みました。

古語雑談 (平凡社ライブラリー さ 16-1)

古語雑談 (平凡社ライブラリー さ 16-1)

文字を余す事好む人多し

95 田舎宗匠

 宗祇法師が播磨の印南野(いなみの)を通った時、去る応仁の乱で消失した薬師堂再興の祝いに在所の連歌好きが一座して百韻を詠もうとしていた。そのなかの田舎宗匠とおぼしき男が宗祇をみかけ、「御坊は都の人らしい。連歌に加わり給え。まず私が祝いの発句を詠むゆえ、脇句を付けて下され」と誘った。

 田舎宗匠の発句は、

 新しく作り立てたる薬師堂かな

 宗祇の付けた脇句は、

 物ひかる露の白玉

 田舎宗匠はせせら笑うように言った、「御坊、二字足らぬではないか」。

 宗祇答えて言わく、「発句は一首の歌の上の句に当たり、脇句は下の句に当たる。ところがあなたの発句は五七五から二字はみ出している。私はあなたのはみ出した二字を除くためにわざと二字足りない句を詠んだ。あなたの句の終わりの二字を私の句の頭に移せば、

 新しく作り立てたる薬師堂

 金物ひかる露の白玉

となって、互いに過不足はなくなる」。

 一座の者これを聞いて肝を消したと『宗祇諸国物語』に伝える。

佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー

 たしかに。字足らずというのを目にする事は少ないのですが、字余りというのはときどきありますよね。ただ、それが短歌や俳句のなかでどういうテクニックとして、どういう効果をもつものとして位置づけられているのかを知らなかったので、なんとなく釈然としないで読んでいました。

 この宗祇がたしなめた田舎宗匠の発句も、「新しく作り立てたる薬師堂」でぜんぜん問題ないでしょう。あまりにベタというか何のひねりも、「切れ」もないのでつい色気を字余りにしてしまったのでしょうか。しかし結果は凡庸な発句がさらにもっさりしてしまっただけだったので、宗祇はこういうひねりを加えて見せたのでしょう。

96 指を折る

 新しく作り立てたる薬師堂かな

 連歌の発句としては全く体をなしていない。当然五七五であるべき音数が、驚いたことに五七七となっている。田舎宗匠は自分の発句の欠陥には全然気づかず、かれの読み余した余計な「かな」を引きとって、当意即妙、「〔かな〕物ひかる露の白玉」と付けた宗祇の脇句を「文字ふたつ不足いたし侍る」と咎めた。季語の詠み忘れ、漢語の使用も笑止ながら、五七七の発句を読むとは初心者にも劣る。

 連歌の初心者は句作の際、指折り数えて苦吟する。

  春も身にしみ指を折るなり

  深草に連歌の初心集まりて (『守武千句』)

 「数を数える」ことを「数をヨム」という言い方もあるように、連歌であれ和歌であれ、音数を正しくヨム(数える)ことこそ「詠む」ことの第一歩である。音数がはみ出れば「字余り」となり、不足すれば「字足らず」となる。

佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー

 「漢語の使用も笑止」というのは別の章「雲霧といへば俳諧なり」に説明があったのですが、

76 俳言

 俗語を使って信徒に説法をすると、内容までが軽薄かつ浅薄に聞こえる。それならば固いことばを選んで使えばよいのかというと、これまた説法を滑稽なものにしてしまう。『浄土真宗小僧指南集』は、

 法談ノ堅キハカヘツテ俳諧体ニナル也。

 と注意を与えている。固いことばの説法は俳諧的な滑稽に堕してしまうというのだ。

 滑稽を旨とする俳諧では、滑稽さを出すために俳言を用いる。俳言とは、正統的な和歌・連歌では使用しないが、俳諧の世界では使用する俗語・漢語の類を称する。

 説法においても、俗語はもちろん、固苦しい漢語もいたずらに滑稽なだけであるから使用はつつしまねばならないとされた。

 雲霧トイエバ俳諧也。クモキリトイヘバ歌ノ詞(ことば)也。メグミトイヘバ歌ニナルヲ、慈悲ト読メバ俳言也。堅キハイヤシキ也。

 事実、正統的な和歌や純正連歌では、漢語を使用しない。漢語を使った和歌や連歌は、滑稽を意図して作られたものに原則として限る。

佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー

 ということです。しかし、季語の不使用というのは季節がわからないのでなんともいえませんが、「薬師堂」を笑止といわれてしまうと、何と言いかえたらいいかちょっと見当もつきませんね。「御堂かな」ではやはり漢語でしょう。「薬師の屋(やくしのや)」? うーん。

 まあとにかく、安易に字余りにしてはいけないという咄ですね。

97 字余り

 和歌(やまとうた)は三十一文字(みそひともじ)から成る。「みそひともじ」の数を超過したものを「文字余り」「字余り」などと称した。十七世紀初頭、ジョアン・ロドリゲスの『日本大文典』につぎのような説明が示されている。

往々にして典雅ならしめる為に、或いは又その他の詩的破格によって……〔五音節が〕六音節となったり、〔七音節が〕八音節となったりすることもある。その場合には、〔歌が〕三十二音節から成ることになり、もし余分の音節をもった韻脚が二つあれば、三十三音節となる。このような余分の音節を「字余り」と呼ぶ。

 日本の歌学では「字余り」を和歌八病の一つに数え、中飽病または中鈍病と名づけて戒めて来た。

中鈍といふ事は、五文字を故(ゆゑ)なく六文字になし、七文字を故なく八文字になす、これなり。 (『和歌大綱』)

 「故なく」ということば遣いの裏には、「故あれば差し支えなし」と許容する気持ちのはたらいていたことも事実であった。

佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー

 だから昔から、戒められていたにもかかわらず「字余り」の句を作ってしまう例があとを絶たなかったわけで。やはり「字余り」には一定の効果が見込めるものなのかもしれません。


98 一字千金

 聞く人に違和感を与えない「字余り」ならばそんなに気にしなくてもいい、どうしても「字余り」にしなければ良い歌ができず、「字余り」となっても耳ざわりでない場合は幾文字余してもかまわないとする科学者もいた。

年ふれば齢(よはひ)は老いぬしかはあれど花をし見れば物おもひもなし 〔以上三十三字〕

ほのぼのとありあけの月の月かげに紅葉吹きおろす山おろしの風 〔以上三十四字〕

 「いづれもすぐれたる歌なれば字の余りたるによりて悪くなるべきにはあらず」と、藤原為家(一一九八―一二七五)の『詠歌一体』にいう。一字の「字余り」がかえって格段に効果を挙げた例として、細川幽斎(一五三四―一六一〇)は、

月見れば千々に物こそ悲しけれ我が身ひとつの秋にはあらねど (『古今集』巻四、一九三)

の歌、第五句は「秋ならねども」などと平板に詠むより、「秋にはあらねど」の方が断然すぐれている、まさに一字千金の「字余り」であると激賞した(『細川幽斎聞書』)。

佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー

 よくわからないですけれどもね。「秋ならねども」でもいいのでは。幽斎先生がいうなら「秋にはあらねど」の方がすぐれているのでしょう、この未練がましいだらだらが。

 しかし、こうして「字余り」を褒めてしまうと、当然字余りをしてしまう中鈍病が蔓延する、これが人間のもつ宿業なので。

99 西行と宣長

 「字余り」の歌はなんとなく格調高い印象を与える。その効果をねらって意図的に「字余り」歌を作る風潮が中世以後かなり盛んになった。「文字あまりの歌、好み詠むべからず」(飛鳥井雅親『筆のまよひ』)とは、裏がえせば「好み詠む」人が多かったということであろう。順徳天皇の『八雲御抄』に「〔歌ノ〕長(たけ)を高からむ故に文字を余す事好む人多し。これも返す\”/見苦しき事なり。これは西行などが言ひたきままに言ひたるを真似びて悪しく取りなすなり」とあるが、たしかに西行法師(一一一八―九〇)の作品には「字余り」歌の異風が目立つ。

春のほどは我が住む庵(いほ)の友になりて古巣な出でそ谷の鶯  (『山家集』)

思へ心人のあらばや世にも恥ぢむさりとてやはと勇むばかりぞ  (同右)

 音数の制約に縛られず、必要に応じて自由な「字余り」の歌を作った西行は、あわせてまた漢語の愛用という点においても、「やまとうた」の伝統にとらわれない、文字どおり型破りの歌人だった。

佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリー

 字余りの探索は、西行にまでたどりつきました。このあとも佐竹さんの考察は本居宣長へとつながっていくのですが、引用後略。


 「字余り」は、初心者にとっては「俳言の使用」と同じく戒める物ではありますが、歌に格調をあたえるのでつい使ってしまいがちになる。宗祇にやりこめられた田舎宗匠のように、凡句をごまかすために音節を付け加えるような失態をおかしたくなければ、地道に指折り数えて苦吟せよ、と。

 西行ほどの破格の詩人にしてはじめて使いこなせる技法であるということなのでしょうね。


[][]時事ネタ批評~~パオロ・マッツァリーノ『日本列島プチ改造論』大和書房 20:40 はてなブックマーク - 時事ネタ批評~~パオロ・マッツァリーノ『日本列島プチ改造論』大和書房 - 蜀犬 日に吠ゆ

 ウェブ連載の単行本化。3分の1くらいはウェブ版で読んでいました。

日本列島プチ改造論

日本列島プチ改造論

 内容は、まあいままでと同じようなことのくり返し、のような気もしてきました。『反社会学講座』のころの、いちいち地図だのグラフだので説明をしていたころが懐かしいです。