蜀犬 日に吠ゆ

2009-02-20

[][]常識的な話~~米原万里『魔女の1ダース』新潮文庫 19:55 はてなブックマーク - 常識的な話~~米原万里『魔女の1ダース』新潮文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 ロシア語通訳だった筆者の異文化ギャップエッセイ。

 はじめに、ロシアで(ほんものの)魔女にあって『悪魔と魔女の辞典』という本をもらった話。悪魔や魔女の世界では、1ダースといえば13である由。

 十二という数字は秩序と安定を象徴するのに対して、一三は、それを攪乱する邪魔もの、半端もの扱いのよう。これを悪魔と結び付けたのだろう、キリスト教は。

米原万里『魔女の1ダース』新潮文庫

 それにひきかえ常識というぬるま湯につかっている人びとは……といういみでの「常識に冷や水を浴びせる」なのでしょうけれども、「1ダース=13」で「13=縁起のいい数字」という方が常識ではないでしょうか?

魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章 (新潮文庫)

魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章 (新潮文庫)

 常識と正義をあわせもつ、ジェフリー・アヴァロン弁護士の言葉に耳を傾けてみましょう。

 ジェフリー・アヴァロンは七十四インチの高みから厳めしく一同を見降ろすと持ち前の深い声で言った。「能書はいらんよ、トム。金曜日が他の日よりも縁起が悪くて、十三が他の数字よりも縁起が悪くて、それが重なると悪いことがあるなんて、そんな迷信を恐れる阿呆者がいたら、わたしは即座に退場を命じるね。そんなやつは外の暗闇で歯をがちがち言わせていればいいんだ」彼は当夜のホストであり、例会が十三日の金曜日に当たったことをことの他楽しんでいる態度であった。

 ゴンザロは長めの髪をかき上げ、一気にあおったドライ・マティニのお陰で人心地が付いた様子で言った。「十三日金曜日が縁起が悪いっていうのは常識だよ。それを迷信だというほどものを知らないなら、ジェフ、わたしに対しては言葉を慎んだ方がいいな」

 アヴァロンは房々とした見事な眉をぐいと寄せて言った。「およそものを知らない男が、人に向かってものを知らないというのは笑止千万だな。さあ、マリオ。いくらかでも人間のふりをする気があるなら、わたしのゲストを紹介しよう。まだ会っていないのはきみだけだ」

アイザック・アシモフ 池央耿訳『黒後家蜘蛛の会 2』創元推理文庫

 ルービン先生のご意見。

 「実際はね」キャベツで肉を包んだ料理に敢然と挑みかかりながら、ルービンは言った。「十三日金曜日云々というのは、非常に新しい時代の風習でね。明らかに、キリストの磔刑から来ているんだな。キリストが十字架にかけられたのが金曜日だった。で、その前の、最後の晩餐でテーブルを囲んだのが十三人。十二使徒と……」

アイザック・アシモフ 池央耿訳『黒後家蜘蛛の会 2』創元推理文庫

 エヴァン・フレッチャーが何とか話に割り込もうと空しくきっかけを狙っていた。アヴァロンがよく通る声で言った。「ちょっと待った、マニー。ドクター・フレッチャーが、何か言いたいことがあるらしい」

 フレッチャーは、はにかんだような笑顔を見せて言った。「いえ、ちょっと不思議に思ったものですからね。どうして、十三日金曜日の話がでたのかと」

 「きょうは十三日金曜日だから」

 「ああ、それはわかっているとも。きみからきょうの会食に招待されて、来る気になったのは、他でもない。きょうが十三日の金曜日だからなのだよ。いずれわたしはそのことを話題にする気だった。だから、わたしが言い出さぬ先にその話が出て、いささか驚いているところだよ」

 「別に驚くほどのことはないよ」アヴァロンは言った。「マリオが言い出したんだ。彼はトリスカイデカフォーブだから」

 「何だって?」ゴンザロが気色ばんで訊き返した。

 「十三という数字を病的に恐れる、ということだよ」

 「そんなことはないぞ」ゴンザロは言った。「ただ、用心に越したことはないと思っているだけさ」

アイザック・アシモフ 池央耿訳『黒後家蜘蛛の会 2』創元推理文庫

 ホルステッド先生は、十三不吉説を擁護。

 ホルステッドが、何となく遠慮がちな、張りのない声で言った。「実はね、十三が縁起の悪い数とされるには、ちゃんとそれなりのわけがあるんだよ。最後の晩餐とは関係ないことなんだ。あれは後世のこじつけでね。

 つまりね、まだ数に対する理解が足りなかった頃の、大昔の人間には十二という数が非常に便利だったんだね。十二は二でも三でも、四でも六でも割り切れる。十二を単位として物を売れば、その半分でも、三分の一でも、四分の一でも、六分の一でも売ることができるだろう。現在でも、一ダース、あるいは一ダースを一ダースまとめたグロス、という単位が使われているのは、まさにそのためなんだ。ところが、たとえば、ある頭のよわい男が商売ものを数えてみると、それが十三あったという場合を考えてごらん。十三という数は、どんな数でも割りきれない。厄介な数なわけさ。その可哀そうな男は言うね。”ええ、忌々しい。十三だ! ああ、縁起が悪い!”それで、十三は嫌われる脳になったんだよ」

アイザック・アシモフ 池央耿訳『黒後家蜘蛛の会 2』創元推理文庫

 ルービンの疎らな髭が心なしか逆立ったかと思われた。彼は言った。「おいおい、それは全然おかしいよ、ロジャー。その伝で行けば、十三は幸運の数字だっていいわけじゃないか。商人は皆、縁起を担いで十三を単位にするよ。……このステーキは、なかなかいけるね、ヘンリー」

 「パン屋の一ダース(十三のこと)だね」ジェイムズ・ドレイクが煙草喫みのしゃがれ声で言った。

 「パン屋はね」アヴァロンが言った。「目方不足に対する激しい批判をかわすために一つパンを余計に入れる。それで、パン屋の一ダースという言葉が生まれたんだ。十三個目を一つ足しておけば、他の十二個が目方不足でも、全体の目方を割ることはない。パン屋は損することの必要を知っているんだ」

アイザック・アシモフ 池央耿訳『黒後家蜘蛛の会 2』創元推理文庫

 真に不吉なのは14。というわけで常識は日々移ろう。