蜀犬 日に吠ゆ

2009-03-08

[][][]カート・ヴォネガット・ジュニア 浅倉久志訳『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』ハヤカワ文庫 20:52 はてなブックマーク - カート・ヴォネガット・ジュニア 浅倉久志訳『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』ハヤカワ文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 SFではない作品。おなじみキルゴア・トラウトは出てきます。

 献辞とはし書き。

テレパスにして、浮浪者たちの友なる

アルヴィン・ディヴィスに

カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』ハヤカワ文庫

生者と死者とを問わず、すべての人

びとの存在はたんなる暗合であり、

そこに解釈を加えるべきではない。

カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』ハヤカワ文庫

「第二次世界大戦は終わり――そしてちょ

うど真昼、ぼくは名誉戦傷章をつけ、タイ

ムズ・スクエアを横切ろうとしていた」

    ――ローズウォーター財団総裁

    エリオット・ローズウォーター

カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』ハヤカワ文庫

 『ローズウォーターさん』のテーマはある程度はっきりしています。それは話の冒頭に登場する主役の一つがどれだけの人に影響を与えるかと言うことです。

 ある大きな額の金(マネー)が、人間たちに関するこの物語の主役の一つである。ちょうど、蜜蜂たちに関する物語の主役の一つが、ある大きな量の密(ハニー)であってもふしぎがないように。

カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』ハヤカワ文庫

 アメリカは金が社会を支配し、そうして金は、働くことで手に入るわけではありません。では、どうやって?

 金持ちが貧乏人を軽蔑するときの常套句。

われわれがすでに何百万となく生みだし、そしてこの繁栄の時代にさえ、なおも生みだしつづけている慈善の成果を、とっくりと観察してみるがいい!

 彼らは働かないし、また働こうともしない。首をうなだれ、ぼんやりとしているだけで、誇りも自尊心もない。彼らはまったく信頼できないか、それは悪意があってではなく、あてどなくさまよい歩く牛の群れに似ているためだ。将来への見通しも、判断力も、長く使わないせいで錆びついてしまった。わたしのように、彼らの話を聞き、彼らといっしょに働いてみれば、きみの彼らがすべての人間らしさを失っていることを、一種の鈍い恐怖とともに気づくにちがいない。もし、彼らが人間に似ているとすれば、それは二本の足で歩き、そして――オウムのようにしゃべるところだけだ。「もっと。もっとください。もっとほしい」――これが彼らのまなんだ唯一の新思考なのだ。

カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』ハヤカワ文庫

 多くの貧しい人は、どうして働きもしないのか?

 答えは簡単で、裕福な人たちが働いていないからです。あるいは、その資産に見合った働きをしていない。


 ピスコンテュイットの漁師であるハリー父子は魚を捕ることで生きていこうとします。

 バニーはひきつったような含み笑いをしただけで、自分の考えを押しすすめた。

「ぼくはさる銀行の重役でしてね」

「それとこれとどういう関係があるのよ?」アマニータがたずねた。

「だれが破産したかしないか、すぐわかるわけ。ところで、もしあそこにいるのが神さまだとしたら、残念ながら、神さまも破産よ」

 アマニータとキャロラインは、それぞれの表現で、あれほど精力的な男が事業に失敗するはずはないと、不信をあらわした。ふたりがそうしてさえずりあっているあいだに、バニーはアマニータの肩を、彼女が苦情をもらすほど強くつかんだ。

「痛いわよ」

「これはどうも。神経があるとは知らなくて」

「ひとでなし(バスタード)」

「かもしれない」ふたたびバニーは指を強く食いこませた。「あれももうおしまいね」

 バニーが”あれ”といったのは、ハリーとその息子たちの意味だった。彼の手の脈打つ圧力から、アマニータはこの男がめずらしく彼女を黙らせたがっていること、この男がめずらしく真剣であることを知った。

「現実の人間は、もうあんなふうな暮らしの立て方はしないのよ。あそこで三人のロマンチストがやってることは、マリー・アントワネットのお上品な牧場ごっことおなじくらいの意味しかないの。いまに――一週間先か、一ヵ月先か、それとも一年先かに――破産手続きが始まったら、きっとむこうも気がつくはず。自分らの経済価値が、このレストランの動く壁紙としてのそれしかないことにね」バニーのために一言しておきたいのは、彼がそれを喜んではいないことだった。

「もう時代遅れなのよね、汗水たらして働く人間は。必要じゃなくなったんですよ」

「ハリーのような人間はつねに勝つわよ、そうじゃなくて?」キャロラインがいった。

「いや、どこでも敗色濃厚よ」

 バニーはアマニータの肩から手を離した。彼はレストランの中を見まわし、アマニータにもそうするように、そして客の数をかぞえるのを手伝うようにすすめた。その上、ふたりの女に、彼にならって店の客たちを心から軽蔑するようにしむけた。ほとんどすべての客が遺産相続人だった。ほとんどすべての客が、知恵や労働とは無関係な略奪品と法律との受益者だった。

 愚鈍で、デブで、毛皮にくるまった四人の未亡人が、紙のカクテル・ナプキンに印刷されている下がかったジョークに笑いころげていた。

「さあ、よく見てごらん、だれの旗色がいいかを。そして、だれが勝ったかを」

カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』ハヤカワ文庫

 ものを見る眼をもった人間であれば、軽蔑すべきは「知恵や労働とは無関係な」財産を自分のものとしてあたりまえの顔をしている、いわゆる「金持ち」たちであることは自明でしょう。しかし、かれら略奪者の子孫はそんなことに気づきもしない。あるいは、面と向かって罵倒されてもその言葉が自分に向けられたものであると気づくことはないかもしれません。


 バントライン家で家事奉公する清潔なみなしごの少女、セリーナの手紙。

 おじさん、わたしがいちばん頭にくるのは、この人たちがどんなに物知らずかということでもなく、どんなに大酒飲みかということでもないんです。それよりも、この世の中のすてきなものはぜんぶう、自分たちか自分たちの先祖が貧乏人にくれてやったものだとする、この人たちの考え方が、気にくわないんです。わたしがはじめてこの家へきた日の夕方、ミセス・バントラインはわたしを裏のポーチに呼びだして、夕日をごらんなさい、といいました。わたしはいわれたとおりにして、とてもきれいですねといったんですが、奥様はわたしがなにかもっと別のことをいうのを待っているみたいなんです。わたしはなんといえばいいのかさっぱりわからないので、われながらまのぬけたことをいいました。「どうもありがとうございました」奥様が待っていたのは、なんとその言葉だったんです。「いいえ、どういたしまして」ですって。それ以来、わたしは奥様に、海のお礼、月のお礼、空の星ぼしのお礼、それに合衆国憲法のお礼までいわされています。

 たぶん、ピスコンテュイットがほんとうはとてもすばらしいところなのに、わたしが根性曲がりでバカなために、それに気がつかないのかもしれません。たぶん、これは豚に真珠なのかもしれませんが、いったいどうしてでしょうか。わたしはホームシックです。また近いうちにお便りします。心から愛するおじさんへ。

                       セリーナ

二伸。だれがいったいこの気ちがいの国を動かしているでしょう? このまちのうじ虫どもじゃないのは確かですね。

カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』ハヤカワ文庫

 トラウトがローズウォーター上院議員にした説明。

 いずれそのうちに、ほとんどすべての男女が、品物や食糧やサービスやもっと多くの機械の生産者としても、また、経済学や工学や医学の分野の実用的なアイデア源としても、価値を失うときがやってくる。だから――もしわれわれが、人間を人間だから大切にするという理由と方法を見つけられなければ、そこで、これまでにもたびたび提案されてきたように、彼らを抹殺したほうがいい、ということになるんです」

カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』ハヤカワ文庫

「昔からアメリカ人は、働こうとしない人間や働きたくても働けない人間を憎むように、また、それをおなじ理由で自分自身をも憎むように教育されてきました。その残酷な常識は、いまはなくなったフロンティアのおかげともいえます。しかし、いまはまだそうでなくても、新しいときが近づきつつあります。それがもはや常識でなくなるときが。それがたんに残酷であるだけのときが」

カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』ハヤカワ文庫

 いやあ、きちゃいましたねえ。

 物語は、もう一つの問題である「少子化対策」にまでテーマが広がることを余韻で匂わせて終結を向かえます。逆に考えれば「少子高齢化」が社会を脆弱にしているとして、その原因は「法律の受益者」や「うじ虫」にもあるかもしれませんね。