蜀犬 日に吠ゆ

2009-03-23

[][][][]学而第一(その4)。 20:09 はてなブックマーク - 学而第一(その4)。 - 蜀犬 日に吠ゆ

入りては則ち孝

 学而第一(1~16)

6 子曰。弟子入則孝。謹而信。汎愛衆而親仁。行有余力。則以学文。

(訓)子曰く、弟子(ていし)、入りては則ち孝、出でては則ち悌、謹みて信あり、汎(ひろ)く衆を愛して仁に親しみ、行って余力あれば則ち以て文を学べ。

(新)子曰く、(修行中の)若者は、家庭では孝行、社会に出ては奉仕につとめ、注意深くして約束を守り、多くの人びとと親睦する中でも誠実な人を選んで昵懇にし、実践した上の余力をもって、教養を高めるがよい。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 この章は儒教の行動主義がよくあらわれていますね。学問の云々をいう前に、弟子たちはまず行動や態度を正さなければならないということでしょう。品格だ教養だというのはそのあとである、と。「愛」に関して。ここでは「愛衆」という言葉が出てきて「多くの人びとと親睦する」とあります。「親」は次の「親仁」で「お近づきなる」ことなので「交流する」というあたりがいいのではないかと思いますが。「仁」は「仁者」で、そういう人とは親しくなっていろいろの感化を受けるべきですが、そうではない人も含む「衆」とも仲よくなくてはいけないよ、というのが夫子の教えなのでしょう。もちろん、「巧言令色」ではこまるので、まごころをもったおつきあいをするべき、だから「愛衆」なのでしょう。

 儒教というとエリート主義で、友達もしっかりした人を選ぶべきというイメージでしたけれども、もちろんそんなことはありませんよね。世間の義理もあるわけですから嫌な人とも仲よくできなければ孔子の弟子にふさわしくない、ということでしょうか。

 なお、キリスト教では、

 ローマの使徒への手紙12の16

16 互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人びとと交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません。

『新約聖書』日本国際ギデオン教会