蜀犬 日に吠ゆ

2009-03-24

[][][][]学而第一(その5)。 17:50 はてなブックマーク - 学而第一(その5)。 - 蜀犬 日に吠ゆ

賢賢たるかな易(とかげ)の色

 学而第一(1~16)

7 子夏曰。賢賢易色。事父母能竭其力。事君能致其身。与朋友交。言而有信。雖曰未学。吾必謂之学矣。

(訓)子夏曰く、〔賢を賢として色に易(か)えよ。〕賢賢たるかな易の色や、とあり。父母に事(つか)えては能く其の力を竭8つく)し、君に事えては能く其の身を致し、朋友と交わり、言いて信あらば、未だ学ばずと雖も、吾は必ず之を学びたりと謂わん。

(新)易(とかげ)の色は賢賢として周囲に応じて変るもの、という古語がある。これは人間が、父母に仕える時には(孝子となって)その力のある限りを尽くし、君に仕える時には(忠臣となって)その身命すらも捧げ、朋友と交わる時には(親友となって)言ったことには責任をもつことの譬えである。このような人は、もし学問したことがないと世間から見なされていても、私ならば、そういう実践こそが学問で、この古語の意味を真にわきまえた人だと断言して憚らない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 儒教の要点は、自分の意見を押しつけることではなくて状況に合わせて正しく振る舞う事にある、という章句。もちろん、状況に合わせるというのは空気を読んで迎合することではありません。それは後述されるわけですけれども、基本は「求められる人物」であれ、ということです。それは机上の空論ではなくて実践であること、くり返しになりますが強調しておきます。

 父母に対しては自分のできることをする、君主に対してはその身命を賭して仕える。朋友とは信じ合う、これは「学んだ学ばなかった」という以前の、人の生きる態度の問題ですが、その根本なくして学問はないということでしょう。