蜀犬 日に吠ゆ

2009-03-25

[][][][]学而第一(その6)。 21:03 はてなブックマーク - 学而第一(その6)。 - 蜀犬 日に吠ゆ

学べば固ならず。過ちて改むるに憚ることなかれ

 学而第一(1~16)

8 子曰。君子不重則不威。学則不固。主忠信。無友不如己者。過則勿憚改。

(訓)子曰く、君子重からざれば威あらず。学べば固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすることなかれ。過ちては改むるに憚ること勿(なか)れ。

(新)子曰く、諸君は態度がおっちょこちょいであってはならない。人に軽蔑されるからだ。学問をして、片意地にならぬことを身につけるがよい。友達には誠心誠意で付きあい、そうすることに相応しくない者は友達にならぬがよい。過失はあっさりあやまるべきだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 普通「学問をすれば頑固でなくなる」と解釈されがちな「学則不固」ですが、学問をやったはずなのに頑固な人というのはよく見かけるところであります。だからそれは「学問が中途半端」、あるいはなんのためか分からず学問をやっていることに起因するのではないでしょうか。先達たちから真摯に学び取ることによって、人間の本来持っている知性を生き生きと柔軟に発揮できるようにするのが学問をする理由の一つだと、夫子は言っています。

終わりを慎み遠きを追えば

 学而第一(1~16)

9 曾子曰。慎終追遠。民徳帰厚矣。

(訓)曾子曰く、終わりと慎み、遠きを追〔えば、〕うとあり、民の徳、厚きに帰〔す。〕せしかな。

(新)曾子曰く、親の老後をよく看とりし、遠い祖先の恩を忘れぬ、という古語がある。(その時代は)さても人気が醇厚であったものだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 これはおそらく曾子が、詩経か、もしくは書経などの古典のなかの語を、弟子たちに向って解釈した言葉であろう。もちろんそれは折にふれての雑談の中でなされたものであって、後世のように机を前にして本を読みあげたものではない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 老親の扶養、祖先の供養というのは儒教において重要な徳行です。もう一つは尚古。時代が下るに従ってだんだんと風紀は乱れるという逆進歩史観です。ほんとうはそれは「温故知新」のためなのですが、本質を忘れて「年寄りは無条件に偉い」「祖先の悪いことをあげつらうのは言語道断」だと決めつけてしまえば、学びの意義は失われてしまいますよね。

 古代がよい時代だったというのであれば、そのよかった部分を現代に生かせるようにしなければならない、というのが儒教のいう「尚古」であると思います。