蜀犬 日に吠ゆ

2009-03-26

フレディ・マーキュリー

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[][][][]学而第一(その7)。 21:01 はてなブックマーク - 学而第一(その7)。 - 蜀犬 日に吠ゆ

夫子は温良恭倹譲

 学而第一(1~16)

10 子禽問於子貢曰。夫子至於是邦也。必聞其政。求之与。抑与之与。子貢曰。夫子温良恭倹譲以得之。夫子之求之也。其諸異乎人之求之与。

(訓)子禽、子貢に問うて曰く、夫子の是の邦に至るや、必ずその政を聞く。之を求めたるか、抑(そもそ)も之を与えられしか。子貢曰く、夫子は温良恭倹譲にして以て之を得たり。夫子の之を求めしや、其れこれ、人の之を求むると異なるか。

(新)子禽が子貢に尋ねた。孔先生はある国へ行くと、必ずその国政に参与される。いったい先生の方から求めたのだろうか、それとも他人の方から頼んだのだろうか。子貢曰く、先生は温厚で善良で恭順で倹素で謙譲な人柄であるから、自然にその地位を得たのだ。もし先生の方から求めたとしても、その求め方は他人のやり方とは全く異なっていると言うべきものだろうね。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 いよいよ、教条の紹介も一段落して、弟子たちの言行録が入ってきました。孔子大好き人間の筆頭である子貢の登場です。朱子による「論語序説」『集注』から引用します。

孔子全書 1: 論語 1

孔子全書 1: 論語 1

十六年壬戌四月己丑、孔子卒(しゅっ)す。年七十三。魯の城北泗上に葬る。弟子(ていし)皆心喪に服すること三年にして去る。惟だ子貢のみ冢上(ちょうじょう)に廬(いおり)すること凡そ六年。

吹野安・石本道明『孔子全書』1 明徳出版社

 たった一人だけ、通常の倍の喪に服したのです。孔子との問答では、しばしば軽薄をたしなめられることもあった子貢ですが、孔子先生への尊敬は深く、また、子禽などと話すときにはこのように孔子の偉大さを具体的に説明します。

 それにしても「温良恭倹譲」は褒めすぎかもしれませんが、その辺りは愛を感じますねえ。夫子亡き後の問答かもしれません。


孝と謂うべき

 学而第一(1~16)

11 子曰。父在観其志。父没観其行。三年無改於父之道。可謂孝矣。

(訓)子曰く、父在(いま)すときは其の志を観、父没すれば其の行を観る。三年父の道を改むることなし。孝と謂うべきなり。

(新)子曰く、父の在世中はその意向を尊重し、父がなくなった後は生前の行為を思い出す。三年間は父が行ってきたレールを守って改めない。それができたら孝といってよい。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 「孝」というのは、儒教に定義されるまでもなく中国人に重要視される徳目です。いわれなくても当然守るべきである「孝」をどのように位置づけるのかが、儒教の特徴を分かりやすくしてくれる部分もあるのではないでしょうか。

 子は親(もちろん家父長のこと)に仕えるもの、というのが「孝」の常識ですが、孔子は、ただ親のいうことをハイハイ聞くのが孝ではないぞ、と言ってのけるわけですね。

 中国ではこの時代から既に子は、父の存在中には行動の自由を持たなかったと見える。ただ父から命ぜられたままに動くのであるが、孔子は更に一つの注文を出した。それはただ外形に忠実なばかりでなく、父の命令の意味をよく察して、その意向にそうように努めねばならぬ、というのである。父が死ねばもう命令を出す者がなくなるから、始めて自己の意志で行動するが、その時にも、父はこういう場合にどう行動したかを思いながら実行する。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 なんだか自由がないというと窮屈な感じがしますが、これは「斉家」を守ることによって「治国」すなわち仕官して君主に仕えることになったときの「忠」の態度の根本を養うために必要な段階なのでしょう。


 ところで、三年というのは、足かけ三年。だそうです。

「三年」というのは、前にも触れたように、父の喪にこもっている期間であるが、足かけ三年であって、実は二十七か月、もしくは二十五か月とするのが、礼の学者の説である。

 ところで、父の死後、二十何か月か、父の方法を変えないという教えは、君主交替の場合など、いろいろ差支えの生ずる場合がある。そのため父の道を改めないというのは、無条件にそうせよというのではない。父の道が、妥当でない場合は、必ずしも、そうする必要はない。どしどし改めるがいい。そういう説が、諸注釈家の間に、意外に多い。

吉川幸次郎『論語』上 朝日選書

 わたしもよく、困ったときには(父ではありませんが)あの人ならどうしただろうと考えることがありますね。お手本になるような立派な人というのは、得てして若死にしてしまうものでございます。(多分先進篇第十一でもこの話題が出ると思います。)

NO-ONE BUT YOU

(ONLY THE GOOD DIE YOUNG)

*1

A hand above the water

An angel reaching for the sky

Is it raining in Heaven -

Do you want us to cry?


And everywhere the broken-hearted

On every lonely avenue

No-one could reach then

No-one but you


One by one

Only the Good die young

They're only flyin' too close to the sun

And life goes on -

Without you...


Another Tricky Situation

I get to drownin' in the Blues

And I find myself thinkin'

Well - what would you do?


Yes! - it was such an operation

Forever paying every due

Hell, you made a sensation

You found a way through - and


One by one

Only the Good die young

They're only flyin' too close to the sun

We'll remenber -

Forever...


And now the party must be over

I guess we'll never understand

The sense of your leaving

Was it the way it was planned?


And so we grace another table

And raise our glasses one more time

There's a face at the window

And I ain't never sayin' goodbye...


One by one

Only the Good die young

They're only flyin' too close to the sun

Cryin' for nothing

Cryin' for no-one

No-one but you

NO-ONE BUT YOU

 くり返しになりますが、子貢の孔子好きは止まるところを知らないことがここでも分かりますね。実の父でも3年の喪。「孝」以上の結びつきを、子貢は夫子に感じていたのでしょう。

 子貢は夫子よりも31歳年下。子貢の入門がハタチだとすると、孔子は五十二歳で魯の定公に仕え、中都の宰となり、司空→大司空と順調に出世した頃なので弟子が押しよせたと考えても不思議ではありません。((cf.孔子略年表))しかしなんといいますか、浪漫的にハッテンするのはむずかしいでしょうか。夫子の子鯉がすでに子貢より10歳以上年上ですし。(別にハッテンすることにこだわる必要はないのですけれども。)

*1:Written by Brian May Produced by Queen Engineered by Justin Shirley-Smith and Joshua J.Macrae Published by Queen Music Ltd./EMI Music Publishing Ltd.