蜀犬 日に吠ゆ

2009-03-30

[][][][]学而第一(その11)。 22:57 はてなブックマーク - 学而第一(その11)。 - 蜀犬 日に吠ゆ

道を楽しみ、礼を好む

 学而第一(1~16)

15 子貢曰。貧而無諂。富而無驕。何如。子曰。可也。未若貧而楽道。富而好礼者也。子貢曰。詩云。如切如磋。如拓如磨。其斯之謂与。子曰。賜也。始可与言詩已矣。告諸往而知来者。

(訓)子貢曰く、貧にして諂(へつら)うなく、富みて驕るなきは何如(いかん)。子曰く、可なり。未だ貧にして道を楽しみ、富みて礼を好む者に若かざるなり。子貢曰く、詩に云う、切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如し、と。其れ斯れの謂いか。子曰く、賜や、始めて与に詩を云うべきのみ。これに往くを告げて、来るを知る者なればなり。

(新)子貢曰く、貧乏だからといって金持に諂うことなく、金持になったからといって貧乏人に驕ることがないならば如何でしょうか。子曰く、それはそれでよい。しかし貧乏人が貧乏を意識せずに人間の生き方を求めて満足し、金持が金のことを忘れて謙遜な暮しに心がける方が、もっと望ましい。子貢曰く、詩経の中に、(人生勉強は)玉や象牙をば切断したあと金剛砂でみがきだす如く、彫刻したあと砥草で滑かにする如く、という句がありますが、いま仰ったことでこの詩の意味が分りました。子曰く、賜や、お前はどうやら詩経を勉強する資格があるらしいぞ。一度つれて往ってやっただけで、その道筋をすっかり覚え込んでしまう才能がある。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 夫子Loveの子貢(端木賜)は、しばしば孔子に議論を挑みます。それは、極端な仮定をもとにした抽象論だであったり、実例をあげた具体論であったりと自由自在です。ここにも、子貢の明晰さと、それを理知に走りすぎると思いつつ議論を楽しむ孔子の関係が表れているのではないでしょうか。

 子貢の問いかけ、「貧にして諂(へつら)うなく、富みて驕るなきは何如(いかん)。」というのは、憲問第十四にあります。

 子の曰わく、貧しくして怨むこと無きは難く、富みて驕ること無きは易し。

金谷治訳注『論語』岩波文庫

 子貢が孔子の言葉に挑戦するような質問をしたことから、この「貧富」における話題がしばしばでていたと考えるのが普通でしょうね。で、質問します。「簡単難しいと仰いますが、それがきちんとできればそれでいいのでしょうか」。

 孔子の教条は、封建主義の原則に則って段階を踏んだものであり、「貧しいからと世間を怨むな、豊かだからと天狗になるな」というのは、君子ではなくて匹夫までふくめたすべての人がもつべきこころがまえであり、子貢のように君子たらんとしている若者にとっては、スタートラインに過ぎないのでしょう。


 切磋琢磨は詩経?未確認です。