蜀犬 日に吠ゆ

2009-04-30

[][][][]八佾第三を読む(その13) 00:19 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その13) - 蜀犬 日に吠ゆ


射は皮を主とせず

 八佾第三(41~66)

56 子曰。射不主皮。為力不同科。古之道也。

(訓)子曰く、射は皮(ひ)を主とせず。力を為すに科を同じくす。古の道なり。

(新)子曰く、射猟には獲物の大小多寡を争わない。力だめしをするには等級を分けておく。これが昔からの奥ゆかしいしきたりだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-28

[][]こんなはなしだったっけ?~~アーシュラ・K・ル=グィン作清水真砂子訳『影との戦い』ゲド戦記1 岩波少年文庫 22:26 はてなブックマーク - こんなはなしだったっけ?~~アーシュラ・K・ル=グィン作清水真砂子訳『影との戦い』ゲド戦記1 岩波少年文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 うわぁ。一度読んだ本なのに……読み返すのに半月かかりました。そして、いろいろ間違えて記憶しておりました。ということは、ここ一五年くらいのあいだ、私の語るゲド戦記はまるきりデタラメであった可能性もあります。読み返しのきっかけになったかのむ女史に多謝。

 影との戦いを、単純に内的宇宙(いんなあすぺえす)の話だと思っていたので、オギオン(ogionだからね。)のもとに戻るまではそうではなかったことを確認。スカイアーの肉体を奪ってゲドにつかみかかるまで、影はゲドに成り切っていなかったのですね。そうしてゲドの本質を奪い、始めてゲドの実在を奪うことができる*1、と。影も影でたいへんですね。

続きを読む

*1:ドラえもんの第一巻、「かげがり」。

2009-04-27

[][][][]八佾第三を読む(その12) 20:49 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その12) - 蜀犬 日に吠ゆ


これ礼なり

 八佾第三(41~66)

55 子入太廟。毎事問。或曰。孰謂鄹人之子知礼乎。入太廟。毎事問。子聞之曰。是礼也。

(訓)子、太廟に入り、事ごとに問う。或るひと曰く、孰(た)れか謂う、鄹人の子礼を知ると。太廟に入りて事ごとに問えり。子これを聞きて曰く、これ礼なり。

(新)孔子が魯の祖先を祭る太廟に入って祭りを助けた折、いちいち先輩に尋ねては行なった。或る人がこれを見て、あの鄹生れのこわっぱは、礼の先生だという評判であったが、それどころか。太廟で片はしから人に聞いては行なったぞよ。孔子がこれを聞いて言った。それが取りも直さず礼なのだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-26

[][][][]八佾第三を読む(その11) 20:57 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その11) - 蜀犬 日に吠ゆ


郁郁として文なる哉

 八佾第三(41~66)

53 子曰。周監於二代。郁郁乎文哉。吾従周。

(訓)子曰く、周は二代に監みて、郁郁として文なる哉。吾は周に従わん。

(新)子曰く、周の制度は、夏、殷二代の伝統を受けついだ上に、郁々として文化的だ。私は周を最上と思う。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-25

[][][][]八佾第三を読む(その10) 20:57 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その10) - 蜀犬 日に吠ゆ


其れ奥に媚びんよりは、寧ろ竈に媚びよ

 八佾第三(41~66)

53 王孫賈問曰。与其媚於奥。寧媚於竈。何謂也。子曰。不然。獲罪於天。無所禱也。

(訓)王孫賈(おうそんか)、問いて曰く、其れ奥に媚びんよりは、寧ろ竈に媚びよ、とは何の謂いぞや。子曰、然らず、罪を天に獲(う)れば、禱(いの)る所なきなり。

(新)王孫賈が質問した。奥座敷へご機嫌伺いに罷り出るよりは、台所でおべんちゃらを言っている方が貰いが多い、という諺をどうお考えになりますか。子曰く、私が信じているのは別の諺です。最高神の天のご機嫌を損じたら最後、どこへ禱りに行っても利き目がない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-24

[][][][]八佾第三を読む(その9) 20:57 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ


神は神在すが如し

 八佾第三(41~66)

51 祭如在祭。神如神在。子曰。吾不与。祭如不祭。

(訓)祭ること在すが如く、神を祭ること神在すが如くす。子曰く、吾祭に与からざれば、祭らざるが如し。祭ること祭に在るが如くすれば、神は神在すが如し、とあり。子曰く、吾与からざれば、祭るも祭らざるがごときなり。

(新)古語に、祭りを行うには、心をこめて祭りに臨む気持でやれば、神も本当にそこに実在するようだ、とある。これについて孔子が一句つけ加えた。自ら祭りに参与しない祭りは祭らないも同じだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-23

[][][][]八佾第三を読む(その8) 20:42 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その8) - 蜀犬 日に吠ゆ


禘は既に灌してより

 八佾第三(41~66)

50 子曰。禘自既灌而往者。吾不欲観之矣。

(訓)子曰く、禘は既に灌してより而往(のち)は、吾、之を観るを欲せず。

(新)子曰く、禘の祭は、灌の儀式がすんでから後は、私は見る気がしない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 禘は魯の先祖、周の王室までを含めて祭る大がかりな礼式であるが、灌はその終に近い段階で香りをつけた酒をまいて祖先の霊魂をよびおろす。恐らくその後に続くものは多くの祭礼に伴いがちな無礼講だったのであろう。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-22

[][][][]八佾第三を読む(その7) 21:00 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ


文献の足らざる

 八佾第三(41~66)

49 子曰。夏礼。吾能言之。杞不足徴也。殷礼。吾能言之。宋不足徴也。文献不足故也。足則吾能徴之矣。

(訓)子曰く、夏の礼は吾能く之を言わんとするも、杞は徴するに足らざるなり。殷の礼は吾能く之を言わんとするも、宋は徴するに足らざるなり。文献の足らざるが故なり。足らば吾能くこれを徴せん。

(新)子曰く、夏の時代の制度は自分ももう少し詳しく語りたいのだが、その後裔の杞の国の今の制度は拠りどころにならぬ。殷の時代の制度も、もう少し詳しく知りたいのだが、その後裔の宋の国の今の制度は拠りどころにならぬ。文献が残っていないからだ。もし残っていたなら、自分はそれで確かめたいのだが。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-21

[][][][]八佾第三を読む(その6) 20:25 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ


与に詩を言うべきのみ

 八佾第三(41~66)

48 子夏問曰。巧笑倩兮。美目盼兮。素以為絢兮。何謂也。子曰。絵事後素。曰。礼後乎。子曰。起予者商也。始可与言詩已矣。

(訓)子夏、問うて曰く、巧笑倩たり、美目盼(はん)たり。素以て絢(あや)と為す、と。何の謂いぞや。子曰く、絵事(かいじ)は素の後にす。曰く、礼は後なるか。子曰く、予を起す者は商なり。始めて与(とも)に詩を言うべきのみ。

(新)子夏が尋ねた。詩に、笑う口もとの愛らしさ、ウィンクする目の美しさ、白粉ぬって紅つけて、とあるのは何を言おうとしているのですか。子曰く、絹の上に絵を描こうとするには、まずこれを漂白してから後にしなければならならぬのだ。子夏曰く、すると礼式というものは最後の仕上げになるのですね。子曰く、よく言ってくれた。お前がこんなにうまく詩を理解するとはこれまで思っていなかった。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-20

[][][][]八佾第三を読む(その5) 20:48 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ


夷狄だも君あり

 八佾第三(41~66)

45 子曰。夷狄之有君。不如諸夏之亡也。 

(訓)子曰く、夷狄だも君あり、諸夏の亡きが如くならず。

(新)子曰く、文化の未発達な夷狄の国にも主権が確立しているそうだ。かえって今は中国が無政府状態に陥っている。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-19

[][][][]八佾第三を読む(その4) 23:55 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ


礼之本を問う

 八佾第三(41~66)

44 林放問礼之本。子曰。大哉問。礼与其奢也寧倹。喪与其易也寧戚。

(訓)林放、礼の本を問う。子曰く、大いなるかな問いや。礼は其の奢らんよりは寧ろ倹なれ。喪は其の易(ととの)わんよりは寧ろ戚(いた)め。

(新)林放が礼なるものの本質は何かと聞いた。子曰く、むつかしい問題だね。ただ言えることは、礼式はとにかく派手に流れやすいから倹約に心掛けるがよい。特に喪の場合、世間ていを飾るよりも、喪主の気持ちを尊重しなければならぬ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-18

[][][][]八佾第三を読む(その3) 20:25 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ


人にして不仁ならば

 八佾第三(41~66)

43 子曰。人而不仁。如礼何。人而不仁。如楽何。

(訓)子曰く、人にして不仁ならば、礼を如何。人にして不仁ならば、楽を如何。

(新)子曰く、非人情な人間が礼式を習って何になる。ろくでなしの人間が音楽を習って何になる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-17

[]449.2→0 G29.72l 14:39 はてなブックマーク - 449.2→0 G29.72l - 蜀犬 日に吠ゆ

[][][][]八佾第三を読む(その2) 20:14 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

八佾(はちいつ)篇は礼楽の話。


奚んぞ三家の堂に取らん

 八佾第三(41~66)

42 三家者以雍徹。子曰。相維辟公。天子穆穆。奚取於三家之堂。

(訓)三家者、雍(よう)を以て徹す。子曰く、相(たす)くるは維(こ)れ辟公、天子は穆穆たり、とあり。奚(いずく)んぞ三家の堂に取らん。

(新)魯の家老の三家が、天子の音楽たる雍で祭りを閉じた。孔子曰く、雍の詩に、並みいる辟公(きんだち)には周公召公、天子は盛徳の成王がおわしたとある。三家の堂にはいったい誰がいたと思うか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-16

[][][][]八佾第三を読む(その1) 22:19 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その1) - 蜀犬 日に吠ゆ

孔子季氏を謂う

 八佾第三(41~66)

41 孔子謂季氏。八佾舞於庭。是可忍也。孰不可忍也。

(訓)孔子、季氏を謂う、八佾を庭(てい)に舞す。是れにして忍ぶ可(べ)くんば、孰(いず)れをか忍ぶべからざらんや。

(新)孔子が季氏についていった。大名の家臣の分際で、天子一家の徳をたたえるべき八佾の舞楽を、公然と庭中で奏させた。これを黙っていられるなら、外に非難すべきどんな僭越な行為があるものか。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-15

[][][][]為政第二を読む(その13) 19:39 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その13) - 蜀犬 日に吠ゆ

人にして信なくんば

 為政第二(17~40)

38 子曰。人而無信。不知其可也。大車無輗。小車無軏。其何以行之哉。

(訓)子曰く、人にして信なくんば、其の可なるを知らざるなり。大車に輗(げい)なく、小車に軏(げつ)なくんば、それ何を以て之を行(や)らんや。

(新)子曰く、人間がもし信用をなくせば、どこにも使いみちがなくなる。馬車に轅(ながえ)がなく、大八車に梶棒がないようなもので、ひっぱって行きようがない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-14

[][][][]為政第二を読む(その12) 21:19 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その12) - 蜀犬 日に吠ゆ

奚すれぞ政を為さざるや

 為政第二(17~40)

37 或謂孔子曰。子奚不為政。子曰。書云孝乎惟孝。友于兄弟。施於有政。是亦為政。奚其為不為政。

(訓)或るひと孔子に謂いて曰く、子は奚(なん)すれぞ政を為さざるや。子曰く、書に云う、孝なるか惟(こ)れ孝、兄弟に友なり、有政に施す、と。是れ亦た政を為すなり。奚すれぞそれ政を為さずと為さんや。

(新)あるひとが孔子に言った。先生はなぜ政治に携わらないのですか。孔子曰く、書経に、孝行の点ではこの上なく孝行、兄弟に向っては友愛、これは政治の上に大いに役立つ、とある。政治家になるばかりが政治をするのではないことを言っているのです。してみれば私も政治に携わらないことはないわけです。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-13

[][][][]為政第二を読む(その11) 22:12 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その11) - 蜀犬 日に吠ゆ

善を挙げて不能を教えしむれば

 為政第二(17~40)

36 季康子問使民敬忠以勧。如之何。臨之以荘則敬。孝慈則忠。挙善而教不能則勧。

(訓)季康子、民をして敬忠にして、以て勧めしめんにはこれを如何せんかと問う。子曰く、之に臨むに荘をもってすれば敬し、孝慈ならしむれば忠なり。善を挙げて不能を教えしむれば勧まん。

(新)季康子が、どうすれば人民が君主を敬愛し、進んで勤勉に働くようになるだろうか、と尋ねた。子曰く、君主が自信たっぷりで臨めば人民から敬われる。人民の家庭生活が円満ならば君主を愛するようになる。善人を登用して、まだ力の及ばない者を教化させれば自然に勤労を好むようになる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-12

[][][]火独楽水独楽因果はまわる~~吉川英治『神州天馬侠』二 講談社文庫 23:07 はてなブックマーク - 火独楽水独楽因果はまわる~~吉川英治『神州天馬侠』二 講談社文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 勝頼公は生きていた? 歴史の闇にスポットを当てる痛快無比の第二巻。

続きを読む

2009-04-11

[][][][]為政第二を読む(その10) 19:46 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その10) - 蜀犬 日に吠ゆ

いかにすれば則ち民服せん

 為政第二(17~40)

32 哀公問曰。何為則民服。孔子対曰。挙直錯諸枉。則民服。挙枉錯諸直。則民不服。

(訓)哀公問うて曰く、いかにすれば則ち民服せん。孔子対(こた)えて曰く、直きを挙げて、これを枉(まが)れるに錯(お)けば民服せん。枉(まが)れるを挙げて、これを直きに錯けば、民服せざらん。

(新)哀公が尋ねて曰く、どのようにしたら国民を信服させることができますか。孔子答えて曰く、まっすぐな人を登用して、それにあわせて枉った人を直せば、国民が心服しましょう。枉った人を登用して、それにあわせるために真直ぐなひとを枉げてしまえば、国民は決して心服しますまい。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-10

[][][][]為政第二を読む(その9) 20:02 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その9) - 蜀犬 日に吠ゆ

言って尤め寡なく、行って悔い寡なければ

 為政第二(17~40)

32 子張学干禄。子曰。多聞闕疑。慎言其余。則寡尤。多見闕殆。慎行其余。則寡悔。言寡尤。行寡悔。禄在其中矣。

(訓)子張、禄を干(もと)むるを学ばんとす。子曰く、多く聞きて疑わしきを闕(か)き、慎んで其の余を言えば尤(とが)め寡(すく)なし。多く見て殆(あや)うきを聞き、慎んで其の余を行えば悔い寡なし。言って尤め寡なく、行って悔い寡なければ、禄その中に在り。

(新)子張が俸給生活の秘訣を尋ねた。子曰く、広く聞いてまわり、疑問の点をあとまわしにして、確かなことだけ言って口数を少なくすれば、非難をうけることが少ない。広く見てあるき、不審な点をあとまわしにし、自身のあることだけに限って実行すれば、しまったと思うことが少ない。言葉について非難が少なく、実行したことに後悔が少なければ、俸給は向うの方から歩いてくる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-09

[][][][]為政第二を読む(その8) 20:01 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その8) - 蜀犬 日に吠ゆ

学んで思わざれば

 為政第二(17~40)

31 子曰。学而不思則罔。思而不学則殆。

(訓)子曰く、学んで思わざれば罔(くら)し。思って学ばざれば殆(あや)うし。

(新)子曰く、教わるばかりで自ら思索しなければ独創がない。自分で考案するだけで教えを仰ぐことをしなければ大きな落とし穴にはまる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-08

[][][][]為政第二を読む(その7) 19:46 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その7) - 蜀犬 日に吠ゆ

まず行え

 為政第二(17~40)

29 子貢問君子。子曰。先行。其言而後従之。

(訓)子貢、君子を問う。子曰く、先ず行え。其の言は而(しか)る後にこれに従う。

(新)子貢が、私どもは何を努めたらよいか、と聞いた。子曰く、先ず行うことだ。言葉はそれから後にしてよい。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-07

アミバ

[][][][]為政第二を読む(その6) 15:43 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その6) - 蜀犬 日に吠ゆ

回や愚ならず

 為政第二(17~40)

25 子曰。吾与回言。終日不違如愚。退而省其私。亦足以発。

(訓)子曰く、吾、回と言う。終日違わず、愚なるが如し。退いて其の私を省すれば、亦(また)以て発するに足る。回や愚ならず。

(新)子曰く、自分は顔回と会って話すが、一日中はいはいとばかり言っているから馬鹿かなと思う。しかし退出してから独りでいる時の様子を見ていると、ちゃんと此方の言ったことを理解していたことがわかる。どうしてあれは馬鹿どころではない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-06

[][][][]為政第二を読む(その5) 20:33 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その5) - 蜀犬 日に吠ゆ

子游孝を問う

 為政第二(17~40)

23 子游問孝。子曰。今之孝者。是謂能養。至於犬馬。皆能有養。不敬。何以別乎。

(訓)子游、孝を問う。子曰く、今の孝なる者は是れ能(よ)く養うを謂う。犬馬に至るまで、皆な能く養うことあり。敬せずんば何を以て別(わか)たんや。

(新)子游が孝行について尋ねた。子曰く、この頃の考えで孝行といっているのは、飼育することらしいな。考えてみれば犬や馬でも大事に飼育されているものがある。尊敬しつつ奉養するのでなければ孝行とはいえない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

[][][]諸星大二郎『西遊妖猿伝』大唐編 5 講談社 20:00 はてなブックマーク - 諸星大二郎『西遊妖猿伝』大唐編 5 講談社 - 蜀犬 日に吠ゆ

 全10巻という事で、一月2冊の刊行ペースなら5月末に完結?

西遊妖猿伝 大唐篇(5) (KCデラックス モーニング)

西遊妖猿伝 大唐篇(5) (KCデラックス モーニング)

[][][]諸星大二郎『西遊妖猿伝』大唐編 6 講談社 20:00 はてなブックマーク - 諸星大二郎『西遊妖猿伝』大唐編 6 講談社 - 蜀犬 日に吠ゆ

西遊妖猿伝 大唐篇(6) (KCデラックス モーニング)

西遊妖猿伝 大唐篇(6) (KCデラックス モーニング)

 河西回廊をさまよう。

2009-04-05

[][][][]為政第二(その4) 20:42 はてなブックマーク - 為政第二(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

孟武伯孝を問う

 為政第二(17~40)

22 孟武伯問孝。子曰。父母唯其疾之憂。

(訓)孟武伯、孝を問う。子曰く、父母は唯だ其の疾(やまい)をこれ憂う。

(真)孟武伯が何が孝行かと聞いた。子曰く、達者でいるのが何よりの孝行だ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-04

[]30×30×25 14:37 はてなブックマーク - 30×30×25 - 蜀犬 日に吠ゆ

[][][][]為政第二を読む(その3) 20:42 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

孟懿子孝を問う

 為政第二(17~40)

21 孟懿子問孝。子曰。無違。樊遅御。子告之曰。孟孫問孝於我。我対曰。無遅。樊遅曰。何謂也。子曰。生事之以礼。死葬之以礼。祭之以礼。

(訓)孟懿子孝を問う。子曰く、違(たが)うことなかれ、と。樊遅御たり。子これに告げて曰く、孟孫、孝を我に問いしに、我対(こた)えて、違うこと無かれと曰えり。樊遅曰く、何の謂(いい)ぞや。子曰く、生きては之に事うるに礼を以てし、死しては之を葬むるに礼を以てし、之を祭るに、礼を以てせよとなり。

(新)孟懿子が孝行のしかたを尋ねた。子は、違うことなかれ、と答えた。樊遅が車の馭者となっての帰道に、孔子の方から話しかけた。孟孫が私に孝行のしかたを尋ねたから、違うことなかれ、と教えてやった。樊遅が聞きかえした。何に違うことなくするのですか。孔子が答えていった。親が生きている間はこれに仕えて礼に違うなく、死んだ後は、これを葬むるに礼に違うことなく、これを祭るに礼に違うことなかれ、と言ったのだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-03

[]M廃車 →T 183.4km 14:36 はてなブックマーク - M廃車 →T 183.4km - 蜀犬 日に吠ゆ

[][][][]為政第二を読む(その2) 21:06 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

徳と礼

 為政第二(17~40)

19 子曰。道之以政。斉之以刑。民免而無恥。道之以徳。斉之以礼。有恥且格。

(訓)子曰く、之を道(みちび)くに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥なし。之を道くに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥ありて且つ格(ただ)し。

(新)子曰く、人民を動かすのに政治権力を用い、人民を鎮めるのに刑罰を用いれば、人民は抜け道を考えるにせいいっぱいで罪の意識をもたなくなる。人民を動かすのに正義を用い、人民を鎮めるのに礼儀を用いれば、人民は廉恥を重んじて、心底から正しくなる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-02

[][][][]為政第二を読む 15:55 はてなブックマーク - 為政第二を読む - 蜀犬 日に吠ゆ

政を為すには徳をもってす

 為政第二(17~40)

17 子曰。為政以徳。譬如北辰居其所。而衆星共之。

(訓)子曰く、政を為すに徳を以てす。譬(たと)えば北辰の其所に居りて、衆星の之に共(むか)うが如きなり。

(新)子曰く、政を為すには徳を以てす、という語がある。これは北極星がその位置を少しも変えずして、衆星がこれを中心に指向しながら回転するが如きを喩えたのである。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む

2009-04-01

[][][][]学而第一(その12)。 10:41 はてなブックマーク - 学而第一(その12)。 - 蜀犬 日に吠ゆ

人を知らざるを患うる

 学而第一(1~16)

16 子曰。不患人之不己知。患不知人也。

(訓)子曰く、人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うるなり。

(新)子曰く、人が自分を知らないことは困ったことではない。自分が人を知らないことこそ困ったことなのだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

続きを読む