蜀犬 日に吠ゆ

2009-04-03

[][][][]為政第二を読む(その2) 21:06 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その2) - 蜀犬 日に吠ゆ

徳と礼

 為政第二(17~40)

19 子曰。道之以政。斉之以刑。民免而無恥。道之以徳。斉之以礼。有恥且格。

(訓)子曰く、之を道(みちび)くに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥なし。之を道くに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥ありて且つ格(ただ)し。

(新)子曰く、人民を動かすのに政治権力を用い、人民を鎮めるのに刑罰を用いれば、人民は抜け道を考えるにせいいっぱいで罪の意識をもたなくなる。人民を動かすのに正義を用い、人民を鎮めるのに礼儀を用いれば、人民は廉恥を重んじて、心底から正しくなる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 17の北辰とも共通しますが、儒教における理想の王は神のような絶対者ではなく一人の人間にすぎないので、その統治下の人すべてを細かく見張ることはできません。王は中央で輝き、もろもろはそのまわりを回るというのであれば、「ああせいこうせい」式の支配はありえません。正しく生きる人が報われ、悪には裁きが下される、という理想社会は、国家の指導者ではなくて庶民が心からそれを望んではじめて実現可能となるのです。わたしがときおり孔子に啓蒙主義を感じてしまうのは、こうした庶民への目線、それもやさしいあたたかい視線ではなく、教育で成長するのに貴賤はないという視点のゆえです。

志学而立不惑知命耳順

 為政第二(17~40)

20 子曰。吾十有五志于学。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲。不踰矩。

(訓)子曰く、吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従って矩を踰(こ)えず。

(新)子曰く、私は十五歳で学問の道に入る決心をし、三十歳で自信を得、四十歳でこわいものがなくなり、五十歳で人間の力の限界を知った。六十歳になると何を聞いても本気で腹をたてることがなくなり、七十歳になると何をやっても努めずして度を過ごすことがなくなった。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫