蜀犬 日に吠ゆ

2009-04-12

[][][]火独楽水独楽因果はまわる~~吉川英治『神州天馬侠』二 講談社文庫 23:07 はてなブックマーク - 火独楽水独楽因果はまわる~~吉川英治『神州天馬侠』二 講談社文庫 - 蜀犬 日に吠ゆ

 勝頼公は生きていた? 歴史の闇にスポットを当てる痛快無比の第二巻。


 忍剣て強かったのですねえ。以前読んだ記憶では回を追うごとに影が薄くなっていったのですが、全然そんなことなかったです。

 七、八人の野武士どもが、九尺柄の槍尖(やりさき)をそろえて、ズラリと円陣をつくり、かれをまんなかに押しつつんでしまったが、笑止や、忍剣の眼から見れば、こんなうすッペらなさつじんは、神のふすまを蹴やぶるよりもたやすいことであろう。――見よ、錬鉄の禅杖が、かれの頭上にふりかぶられて、いまにも疾風をよぼうとしているのを!

吉川英治『神州天馬侠』2 講談社文庫

 かっこいーー!

 しかし一方で、かっこ悪いのも忍剣の魅力なのです。姿を消した呂宋兵衛を追うなかで、

「どこかに間道らしい穴口でもないかしら」

「それもわしが手をわけて尋ねさせたが、ここに一つの空井戸があったばかり」

「なに空井戸?」

と龍太郎がとび降りてきて、

「ウム、こりゃあやしい、どこかへ通じる間道にそういない、なかへはいってあらためて見よう」

「いや、念のために、ただいまわしが石埋めにしてしまった」

 と、忍剣はしたり顔だが、龍太郎はじだんだふんで口惜しがった。呂宋兵衛や敵の主なるものが、この口から逃走したとすれば、この空井戸をふさいで、どこから彼らを追跡するか、どこへ兵を廻しておくか、まったくこれでは、みずから手がかりの道を遮断してしまったことに帰結する――と憤慨した。その理の当然に、忍剣もすっかり後悔して、しばらく黙しあっていた。

吉川英治『神州天馬侠』2 講談社文庫

 うっかりうっかり。「忍剣はしたり顔だが」というあたりがじつに楽しい。


 あと、呂宋兵衛の妖術は日に日に進歩していきますね。黄金板(おうごんばん)を金の鷹に変えて鳥縛の術とし、数万数億の毒蝶を空中に召喚し、蝙蝠を口に含んで自ら大蝙蝠となったり、水遁の法を使えばだれにも見られず池を伝って建物の中に入り込めるし、催眠術からなにから、人穴城にいた頃からするとすばらしいレベルアップです。


 とたんに、呂宋兵衛のからだは、邪法秘密の印をむすびながら、ヒラリと駕籠の屋根へ飛びうつっていた。あれよ! と眼をみはるまに、まッ暗になった両側の松並木の根もとから、サラサラサラサラ……という水音がしてたちまち滾々とあふれてくる清冽が、その駕籠をうごかして、呂宋兵衛を乗せたままツウ――と舟のように流れだした。

「魔人め、また邪術をほどこしたな」

「若君若君。これは呂宋兵衛の幻惑ですぞ。かならず、その手に乗って、おひるみあそばすな」

吉川英治『神州天馬侠』2 講談社文庫

 ピーンチ!

「ウーム、おのれ邪法の外道め、見ておれよ!」

 水勢に巻かれて、むなしく立ち往生してしまった主従三人は、もう胸の上まで濁水にひたって、樹の枝につかまりながら、敵のゆくえをにらんでいたが、そのとき、加賀見忍剣は、はじめて破術の法を思いだして、散魔文の秘句をとなえ、手の禅杖をふりあげ、エイッ! と水流を切断するように打ちおろした。

 水面をうった法密の禅杖に、サッと水がふたつに分れたと思うと、散魔文の破術にあって狼狽した呂宋兵衛は徒歩になってまッしぐらにかなたへ逃げだし、まんまんと破流をえがいていた濁水は、みるみるうちに、一抹の水蒸気となって上昇してゆく……そして松並木の街道は、ふたたびもとののどかな朝にかえっていた。

吉川英治『神州天馬侠』2 講談社文庫

 かっこいい! おしむらくは、あとちょっと早めに思いだしていればねえ。


 吉川先生は過去の伏線を気にせず話を進めるので、細かいところがいろいろ気にかかります。もちろん話の本筋は超絶面白なので全然かまわないのですが。

「おお、ありゃクロだ! 竹童がたずねている大鷲だ」

 禅杖をあげて忍剣が高くさけぶと、龍太郎と伊那丸も目をみはって、

「うむ、まさしくクロにそういない。寒松院の並木へのろしの音はきこえてきたが、竹童はあのまま帰らぬ。もしや鷲に乗って、追いついてきたのではあるまいか」

吉川英治『神州天馬侠』2 講談社文庫

 という部分。そもそもクロは恵林寺で忍剣と伊那丸が飼い育て、魔鳥霊鷲と恐れられるなかでこの二人にだけはなついていたという設定だのに、他人行儀すぎませんか?

 それとか、鷲から竹童と蛾次郎が琵琶湖に落ちたとき、救出に行くため船をさがしていたはずの伊那丸主従が、羽柴秀吉の使いにでくわしてそのまま桑名に誘われるのも、竹童の救出を忘れたかのようにしていたりね。

「裾野以来、こうして馬上になるのは、久しぶりだなあ……」という風に微笑しあった。

吉川英治『神州天馬侠』2 講談社文庫

 いいんだけどさ! 竹童心配じゃないの?


目次メモ

  1.  果心居士の壁叱言 7
  2.  遠術日月の争い 14
  3.  鷲盗み 25
  4.  白樺に笛吹く少女 36
  5.  多宝塔 52
  6.  あのここな慾張り小僧 60
  7.  九輪をめぐる怪傑怪人 73
  8.  紅帆呉服船 82
  9.  変幻千畳返し 96
  10.  秀吉をめぐる惑星 113
  11.  般若丸と謎の僧 123
  12.  南蛮寺百鬼夜行 141
  13.  木の葉笛竹童嘲歌 152
  14.  虫ケラざむらい 165
  15.  明暗の両童子 180
  16.  果心居士と愛弟子 188
  17.  白鳥の予言 198
  18.  泣き饅頭 207
  19.  地を裂く雷火 220
  20.  呂宋兵衛の奥の手 228
  21.  両童子空に闘う 246
  22.  夜の海月と火の百足 252
  23.  蜘蛛の子と逃げ散る餓鬼 259
  24.  野風呂の秀吉 267
  25.  仲直り 277
  26.  火独楽と水独楽 290
  27.  割れたお仮面 300
  28.  お小姓とんぼ組 308
  29.  独楽だまし 328
  30.  おのれの首を投げる人 345

『神州天馬侠』1の感想