蜀犬 日に吠ゆ

2009-04-15

[][][][]為政第二を読む(その13) 19:39 はてなブックマーク - 為政第二を読む(その13) - 蜀犬 日に吠ゆ

人にして信なくんば

 為政第二(17~40)

38 子曰。人而無信。不知其可也。大車無輗。小車無軏。其何以行之哉。

(訓)子曰く、人にして信なくんば、其の可なるを知らざるなり。大車に輗(げい)なく、小車に軏(げつ)なくんば、それ何を以て之を行(や)らんや。

(新)子曰く、人間がもし信用をなくせば、どこにも使いみちがなくなる。馬車に轅(ながえ)がなく、大八車に梶棒がないようなもので、ひっぱって行きようがない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 おなじ「まこと」と訓ずる漢字であっても、「信」「真」「誠」はそれぞれ異なりますよね。本当はこういう漢字の使い分けを憶測で語ってはいけないのですが、わたしの大雑把な理解を書き記しておきます。

 「信」は、人の行ったことを本当(=まこと)とする、「信用」とか「信頼」という意味。

 「真」は、太陽が東から昇るように、動かしがたい事実。

 「誠」は、言行一致。

 ニュアンスですので、分かってくださいとしかいえないのですが。

 「信」はですから、この人の言ったことであれば「まこと」であろうと信頼されるとか、この人の言うことを「まこと」としようという信頼できる相手がいるとかいうことでしょう。それがなければ世の中うんともすんともいかないというわけ。


十世知るべきか

 為政第二(17~40)

39 子張問。十世可知也。子曰。殷因於夏礼。所損益。可知也。周因於殷礼。所損益。可知也。其或継周者。雖百世。可知也。

(訓)子張問う。十世知るべきか。子曰く、殷は夏の礼に因る、損益する所知るべきなり。周は殷の礼に因る、損益する所知るべきなり。其れ周を継ぐ者あらんに、百世と雖も知るべきなり。

(新)子張が聞いた、十代後のことが分りますか。子曰く、殷は夏の制度を受けついだので、増減したのは重要でない部分だから知れたものだ。次の周は殷の制度を受け継いだので、増減した所は重要でない部分だから、知れたものだ。周の後を受け継ぐ者があるでああろうが、百代後までも、重要部分が変らないことは分かりきっている。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 普通ここは、「昔の制度といまの制度をくらべればその廃止したり加えたりした部分を知ることができる」と解するのですが、それでは「百代先でも分かるよ」の根拠が薄くなってしまいます。「周を受けつぐものがあれば」と条件を付けるなら、「周を受け継ぐものがでなかったら分からんちゅうことでっか?」と言われてしまいます。

 宮崎先生はですから「人間にとって大切なものはどんなに未来でもかわらない」説を取り、これなら「温故知新」、すなわち未来を知りたければ過去を学びなさい、という理論にきちんとつながります。


 子張って、こんな質問ばかりではないのでしょうけれども、孔子としては「もう少し落ち着いて学問に身を入れなさい」くらいの叱言を与えたくもあったのではないでしょうか。


義を見て為さざるは勇なきなり

40 子曰。非其鬼而祭之。諂也。見義不為。無勇也。

(訓)子曰く、其の鬼に非ずして之を祭るは諂いなり。義を見てせざるは勇なきなり。

(新)子曰く、自分の家の仏でもないものを祭るのは、ご利益めあてにちがいない。当然着手すべき時にひっこんでいるのは卑怯者だ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 鬼は霊魂であるが、日本語のほとけに最も近い。時代錯誤の点は御免こうむる。自分の家の仏でないものでも、一度祭ったなら、それを追い出すことはよほど勇気のいることであるに違いない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫