蜀犬 日に吠ゆ

2009-04-18

[][][][]八佾第三を読む(その3) 20:25 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ


人にして不仁ならば

 八佾第三(41~66)

43 子曰。人而不仁。如礼何。人而不仁。如楽何。

(訓)子曰く、人にして不仁ならば、礼を如何。人にして不仁ならば、楽を如何。

(新)子曰く、非人情な人間が礼式を習って何になる。ろくでなしの人間が音楽を習って何になる。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 「如何」のあいだに対象となる語をはさむ、返り点をつけるのにちょっと悩む語順です。

 閑話休題。

 前章との関連で読み取ることがゆるされるなら、「頭でだけ理解ようとしても、礼楽はものにならないよ」ということかと思います。結局、思いやりといいますか、人間存在への同情心や、社会への責任感といったものがあってはじめて孔子の塾での勉強は意味をなすのであって、魯の臣下たちの「八佾」や「雍」のように内実をともなわない馬鹿騒ぎはしてくれるなよ、と夫子はおっしゃったのだと思います。