蜀犬 日に吠ゆ

2009-04-19

[][][][]八佾第三を読む(その4) 23:55 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ


礼之本を問う

 八佾第三(41~66)

44 林放問礼之本。子曰。大哉問。礼与其奢也寧倹。喪与其易也寧戚。

(訓)林放、礼の本を問う。子曰く、大いなるかな問いや。礼は其の奢らんよりは寧ろ倹なれ。喪は其の易(ととの)わんよりは寧ろ戚(いた)め。

(新)林放が礼なるものの本質は何かと聞いた。子曰く、むつかしい問題だね。ただ言えることは、礼式はとにかく派手に流れやすいから倹約に心掛けるがよい。特に喪の場合、世間ていを飾るよりも、喪主の気持ちを尊重しなければならぬ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 「礼の根本」という質問に葬儀の話が突然出て来るのは、金冶先生は「礼の重要部門だから」とおっしゃいますが、わたしとしては、林放が葬儀を控えていたからではないかと思います。原則論を述べるよりも先回りして本当に聞きたいことに答えてあげるほうが、孔子の思いやりがよく表されているとして言行録に採択される理由になりそうです。


 「奢」と「倹」についていえば、お金ということよりも宮崎市定先生のおっしゃるように「見栄をはるな」ということなのでしょうね。孔子も、必要なことにお金を使うことは認めるでしょうし、わたしも、自分のために使うお金はいくらでもいいと考えます。しかし、他人の目を気にして無駄遣いをするのはみっともないので孔子はこれを認めませんし、わたしもいかんと思います。何のための儀式であり祭典であり出費なのかをきちんと考えた上でないと礼云々をいっても無駄なのでしょうね。