蜀犬 日に吠ゆ

2009-04-27

[][][][]八佾第三を読む(その12) 20:49 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その12) - 蜀犬 日に吠ゆ


これ礼なり

 八佾第三(41~66)

55 子入太廟。毎事問。或曰。孰謂鄹人之子知礼乎。入太廟。毎事問。子聞之曰。是礼也。

(訓)子、太廟に入り、事ごとに問う。或るひと曰く、孰(た)れか謂う、鄹人の子礼を知ると。太廟に入りて事ごとに問えり。子これを聞きて曰く、これ礼なり。

(新)孔子が魯の祖先を祭る太廟に入って祭りを助けた折、いちいち先輩に尋ねては行なった。或る人がこれを見て、あの鄹生れのこわっぱは、礼の先生だという評判であったが、それどころか。太廟で片はしから人に聞いては行なったぞよ。孔子がこれを聞いて言った。それが取りも直さず礼なのだ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 孔子は魯国に属する鄹なる邑に生れた。これを鄹人の子というのは賤しめていう言葉。孔子の最後の言で、これ礼なり、とあるのは、そういう礼式がちゃんと定められた型になっていた、という意味に普通解せられるが、そうではあるまい。恐らく孔子は初めてこの祭りに参加したので、一事の粗忽もないように先輩に尋ねた上で行った。礼に型はない。慎重にも慎重を期して手落ちないようにする。これこそ礼の精神だという意味であろう。礼は型の伝統でなく、その中に含まれている精神だという、極めて孔子的な発想なのである。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 半端にしか知らないのに、知ったふりをして失敗することの多い私としては耳の痛い言葉であります。初めてといわず、何遍もやってきたことでさえ、信じられないようなうっかりミスをしますからねえ。

 もう一つとして、先輩方に積極的に話しかけることで官僚主義の悪しきセクション化を防ぐというのもありそうですね。先輩にしても、質問されて答えられないわけにはいかないでしょうから自然と祭典の場が引き締まるのでしょう。立場が低かったころの孔子が、むしろ先輩たちを教育してやろう(という傲慢な発想ではなかったと思いますが)としてくどいくらいに質問をしたのだとしたら、上下関係のなかで上手に祭典をよい方に導く、それが礼儀作法の根本なのかもしれません。