蜀犬 日に吠ゆ

2009-05-08

[][][][]八佾第三を読む(その16) 20:50 はてなブックマーク - 八佾第三を読む(その16) - 蜀犬 日に吠ゆ

管仲の器は小なるかな

 八佾第三(41~66)

62 子曰。管仲之器小哉。或曰。管仲倹乎。曰。管氏有三帰。官事不摂。焉得倹。然則管仲知礼乎。曰。邦君樹塞門。管氏亦樹塞門。邦君為両君之好。友反坫。管氏亦有反坫。管氏而知礼。孰不知礼。

(訓)子曰く、管仲の器は小なるかな。或るひと曰く、管仲は倹なるか。曰く、管氏に三帰あり、官事は摂せず、焉んぞ倹なるを得ん。然らば則ち管仲は礼を知るか。曰く、邦君は樹もて門を塞ぐ、管氏も亦た樹もて門を塞ぐ。邦君が両君の好みを為すには反坫(はんてん)あり、管氏も亦た反坫あり、管氏にして礼を知らば、孰(たれ)か礼を知らざらんや。

(新)子曰く、管仲は器量が小さすぎる。或るひと曰く、管仲は倹約すぎるという意味ですか。子曰く、管仲は三人の妻を同時にもち、召使いには各人一種類の仕事しかさせなかった。倹約どころではない。曰く、すると管仲は礼式を知って、万事礼式どおりにやったのですか。子曰く、大名の門には樹(ついたて)をたてて内側が覗かれぬようにするが、家老にすぎない管仲も樹をたてた。大名同士が会見する時、盃の台として反坫なるものを設けると、管仲も真似をして反坫を設けた。管仲が礼を知っているというなら、この世に礼を知らぬ者はいない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 孔子が『春秋』か、歴史の講義をおこなっていたときの一こまなのでしょう。管仲の事蹟をおえば、なかなかの成果を上げている、どころではなくて斉の桓公を助けて覇者としたほどの人物ですから。しかし孔子はその人間性に低い評価を下したので、列席していただれかが質問したのです。ここまで繰り返して質問しているのに「或曰」としか出ないのは、身分の高いひとが愚かな質問をしたので名誉を守るためであったかもしれません。