蜀犬 日に吠ゆ

2009-05-14

転んだときにも

[][][][]里仁第四を読む(その3) 23:21 はてなブックマーク - 里仁第四を読む(その3) - 蜀犬 日に吠ゆ

顚沛にも必ず

 里仁第四(67~92)

71 子曰。富与貴。是人所欲也。不以其道得之。不処也。貧与賤。是人之所悪也。不以其道得之。不去也。君子去仁。悪乎成名。君子無終食之間違仁。造次必於是。顚沛必於是。

(訓)子曰く、富と貴(たっと)きは是れ人の欲する所なり。其の道を以て之を得しにあらざれば処(お)らざるなり。貧と賤しきとは是れ人の悪む所なり。其の道を以て之を得しにあらざらば去らざるなり。君子は仁を去りて、悪(いず)くにか名を成さん。君子は終食の間にも仁に違うなく、造次にも必ず是においてし、顚沛にも必ず是においてす。

(新)子曰く、財産と地位とは誰しも人の欲しがるものだ。しかし当然の結果としてころがりこんだものでなければ、守る価値がない。貧乏と下賤は誰しも人の嫌うものだ。しかし当然の結果として落ちこんだものでないと思えるなら、無理にはい上ろうとしないでもよい。諸君は仁に志す修養の実をすてて、何の名誉だけを求められようか。諸君はふとした食事の間も修養を忘れないでいてほしい。咄嗟の場合にも、まさかの際においてもですぞ

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 「造次必於是。顚沛必於是」は、けっこう好きなフレーズ。

金谷訳。

急変のときもきっとそこにおり、ひっくりかえったときでもきっとそこにいる。」

金谷治『論語』岩波文庫

 ひっくりかえることが人生そうそうあるとも思いませんが、しかしそんなときでも、きっと仁とともにあるというのがなんだかおかしい。仁とともにひっくりかえった孔夫子を見たら、弟子たちはどうするのでしょうね。「さすが先生は、ひっくりかえっても仁とともにあるなあ」というのか、「ひっくりかえったときの仁とは、ああいうふうにありたいものだ」とかいうのでしょうか。


急がしく事のさしせまっって心の落付かぬ時でも、艱難に遭って流浪の身の安全でない時でも仁を忘れることはない。

宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫

 面白さに欠けます。


あわただしいときでもそうだ。いや、倒れたときにおいてもそうなのだ。

加地伸行『論語』講談社学術文庫

 ひっくりかえった、となぜいわない?