蜀犬 日に吠ゆ

2009-05-16

[][][][]里仁第四を読む(その4) 20:41 はてなブックマーク - 里仁第四を読む(その4) - 蜀犬 日に吠ゆ

朝に道を聞けば夕べに死すとも可なり

 里仁第四(67~92)

74 子曰。朝聞道。夕死可矣。

(訓)子曰く、朝(あした)に道を聞けば、夕べに死すとも可なり。

(新)子曰く、朝、真理を聞いて満足したなら、夕方に死んでも思い残すことはない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 この言葉自体は平明ですが、それを聞いた弟子たちの反応など考えてみても面白いかもしれませんね。顔回などは「まったくおっしゃるとおりだなあ(ジーン)」と聞いたでしょうし、子路は先生大好きっ子なので「死ぬなんて夫子、悲しいこと言わないで下さい」と顔をしかめたことでしょう。子貢なら、「君子の聞くべき「道」とは何でしょうか」などと重ねて質問するかもしれません。宰予は「じゃあ先生、その日の昼はなにをなさるんですか?」などと尋ねたので、周りの弟子たちはすっかりプリプリ怒ってしまいましたが、当の本人は立派な質問に得意げなのでした。


 私だったら、そうですねえ。「ははは。夫子、いつもの熱血指導ですね」ぐらいを心の中で考えるのかもしれません。やってますな


道に志して悪衣悪食を恥ずる

 里仁第四(67~92)

75 子曰。子志於道。而恥悪衣悪食者。未足与議也。

(訓)子曰く、子、道に志して、悪衣悪食を恥ずる者は、与(とも)に議(はか)るに足らざるなり。

(新)子曰く、学徒たる身が、いい格好をしたり、見栄をはったりしたい気が起こるようでは、まだ我々の仲間ではない。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 なぜ宮崎先生はわざわざ「貧しい暮らしを恥ずかしがる者は…」と通読できるところを逆に訓ずるのか?それはおそらく、21世紀(宮崎先生は20世紀人ですが)の現代に於いては、見栄をはるというハードルが低いので、悪衣悪食を恥じる者は簡単に見栄をはることができるからであろうと思います。富貴か貧乏であるかよりも、天道に照らして義であるかどうかの方がずっと大切であることにきづけ、というのが孔子の意図するところであるとすれば、今の時代はこうして釘を刺した方がいいと言うことなのでしょう。

 この点で褒められたのは子路でして、「231 子曰。衣敝縕袍。与衣狐狢者立。而不恥者。其由也与。」。ぶっちぎりで貧乏だった顔回ではいまさら褒めても弟子たちにインパクトがなかった可能性があります。顔回の貧乏さらけ出しぶりには後輩たちも引き気味であったでしょうから。

 ところで、孔子的には、「ぽっこりおなか」を恥じない人はどうなのでしょう。不摂生である時点でだめでしょうか。


天下におけるや、適なきなり、莫なきなり、義をこれ与に比す

 里仁第四(67~92)

76 子曰。君子之於天下也。無適也。無莫也。義之与比。

(訓)子曰く、君子の天下におけるや、適なきなり、莫なきなり、義をこれ与(とも)に比す。

(新)子曰く、諸君は天下に立って、古語にあるように、平平淡淡、ただ正義に味方する、という風にやってくれ。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 無適以下は何か古語の引用と思われる。但し、無適也無莫也の二つの也は、孔子が言葉の調子で添加したものであろう。詩経、書経はもちろん、左伝や礼記にまで、無大無小とか、無反無側とか、無怨無徳とか、無別無義とかのように、無字を二回繰返した例が、数多く見受けられる。この場合は恐らく、無適無莫とあっったものが引きのばして引用されたと思われる。このような場合、無の下におかれる字は、互いに相反する意味であることが多い。適莫も、好と悪の意に解される。初めから好む所もなく、悪む所もなく、淡々たる気持が、無適無莫である。与比の比は朋比の比で、味方になって親しむの意。

宮崎市定『現代語訳 論語』岩波現代文庫

 わからない語句は、おそらく失われてしまった典籍の語であろうというのに私は賛成します。儒教って、れいの「焚書坑儒」をくぐり抜けて漢の武帝に至るまで弾圧されていたわけですし。但し、そうであるならば、そうした失われた語の解釈は難しいのではないかと思いますね。詩経書経ももちろん重要な参考文献にはなりましょうけれども、決定的な論拠にはならないでしょう。百花斉放の淵源であります。


 こうした古語が引用されたのは、孔子の私塾での授業中ではなかったのかと妄想されます。「無適無莫」が、例えば詩文や何かの中に出てきたとき、「諸君もこういう気持ちでなくてはならんよ」とか夫子が付け加えたのではないでしょうか。